表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/43

第6話 灰色の人影③

靄が渦を巻き、空間が歪んだ。

灰色の人影の輪郭が溶け、骨のように硬質な線と、液状の闇が混ざり合っていく。

皮膚のひび割れから青白い光が迸り、それが筋肉のように全身を走り——次の瞬間、形が再構築された。


脚は二倍に伸び、関節が逆向きに曲がる。

腕は四本に増え、それぞれの先端が鉤爪や鎌のように変化。

背からは刃にも触手にも見える黒い突起が蠢き、靄をまるで生き物のように操っていた。


(……これが、本気か)


吐き気を催すほどの威圧感。

立っているだけで肺が圧縮されるような感覚に、キールの膝がわずかに揺れる。


しかし退く暇はない。

灰色の人影は四本の腕を一斉に振り下ろしてきた。

通常の防御では到底受けきれない——ならば。


「限界まで……詰める!」


【エンボディメント】が閃光を放つ。

同時に、キールの周囲に複雑な幾何学構造の障壁が次々と具現化される。

立方体の枠、斜面状の板、曲面の壁——それらは高速で回転し、互いに干渉しながら衝撃を拡散する迷路のような防御陣を形作った。


爪がそれらを砕くたび、光の破片が空間に舞い、粉雪のように散る。

だが灰色の人影の動きは止まらない。

背の突起から放たれた靄の鞭が死角から迫り、構造物の隙間を縫って襲いかかる。


「なら……全部使う!」


キールは自らの武器防具だけでなく、足場すら具現化する。

宙に浮かぶ階段のような足場を瞬時に展開し、その上を跳躍。

攻撃を避けながら、空中で双刃を再構築し——落下の勢いを乗せた一撃を、灰色の人影の肩口へ叩き込んだ。


裂ける音。

しかし、その傷口からは血ではなく、さらに濃い靄が吹き出す。

その靄はまるで意思を持ったようにキールの腕へ絡みつき、具現化した刃を侵食し始める。


(……武器ごと、喰われる……!)


光が刃先から奪われていく。

時間がない——このままでは自分ごと取り込まれる。


そこでキールは、最後の選択をする。

【エンボディメント】の限界——自らの生命力を媒介に、圧縮した構造体を一瞬だけ爆発的に展開する禁じ手。


(……これで、決める)


次の瞬間、キールの全身から奔流のように光があふれ、靄を押し返す衝撃波が広がった——。


——光が収まった。


視界に広がるのは、焼け焦げた灰色の地面と、まだ揺らめく残り火のような光片。

結晶群は半分以上が砕け落ち、靄はすべて払われたかのように消えている。

空気は乾ききり、さっきまでの圧迫感は嘘のように消失していた。


キールは膝をつき、肩で息をする。

【エンボディメント】の光はもう彼の周囲に残っていない。

武器も防具も、粉のように崩れて風に溶けていった。


正面には、灰色の人影の残骸。

二度と動くことはない黒い外殻が、ひび割れの奥から鈍く光を漏らしながら、ゆっくりと崩れていく。

その光も、やがて砂粒のように散って消えた。


遠くで、瓦礫がひとつ転がる音が響く。

それがこの空間で初めての「静けさ」を形作った。


(……終わった、のか)


キールは深く息を吸い、肺の奥まで冷たい空気を流し込む。

その吐息が白くなって漂う様を、しばらく黙って見つめていた。


やがて彼は立ち上がり、ゆっくりと崩れた結晶群の中を歩き出す。

背後にはもう、灰色の人影の気配はない。

残るのは、戦いの痕跡と、足音だけだった。


キールは歩を進めながら、瓦礫の隙間に妙な光を見つけた。

微弱だが、戦闘の余波ではなく、意志を持つような脈動をしている。


屈み込み、指先で灰を払う。

そこにあったのは、透き通った欠片——水晶にも似ているが、内部で黒と青の靄が渦を巻いていた。

割れたはずの灰色の人影の外殻の一部……だが、その中心には脈動する微光が確かに存在している。


(……まだ“死に切って”はいない、のか)


握った瞬間、掌に冷たい感触が走り、背筋に小さな震えが走った。

意識の奥底に、さっきの灰色の人影の声にも似た低い囁きがよぎる。

言葉の意味は掴めないが、確かにこちらを呼んでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ