第40話 対話する王たち
封印の亀裂が決定的な大きさに達した時、キールは前代未聞の決断を下した。
虚無王との直接対話——それは成功すれば希望をもたらすが、失敗すれば破滅を意味する賭けだった。
レガリア学院総動員での安全対策の下、多世界協調大学の中庭に巨大な魔法陣が描かれる。
音の世界からはハルモニアとカコフォニクス、静寂の世界からはクワイエタも駆けつけた。
三つの世界の力を結集して、史上最大の封印・対話システムが構築されていく。
「準備はできましたか、キール?」グレイソン教授が最終確認を行う。
キールは仲間たちを見回した。
アリアは不安そうだが、信頼の光を瞳に宿している。
リオンは剣に手を置き、いつでも守れる体勢を取っている。
ユーリの魔導具は最大出力で安全装置を稼働させ、セレナは未来視で危険を監視し、ヴィクターは周辺の魔力を完璧に制御している。
フィオナは騎士団を指揮し、万が一の際の避難体制を整えている。
「みんながいてくれるから大丈夫」キールが微笑む。
魔法陣の中央で、キールは精神世界への扉を開く。
【エンボディメント】により「対話の空間」を具現化——現実と虚無の狭間に、互いが安全に言葉を交わせる場所を創り出した。
その空間に、ついに虚無王アルティメスが現れた。
灰色のローブに身を包み、虚無の力を纏った姿は確かに破壊の王そのものだった。
しかしその目には、深い疲労と果てしない悲しみが宿っている。
「君が...私の分身を倒した少年か」アルティメスの声は静かだった。
「なぜこんなことを?私はもう、全てを諦めたというのに」
「諦めることはありません」キールがまっすぐに彼を見つめる。
「僕は見たんです。あなたの記憶を。あなたがどれだけ美しい世界を創って、どれだけ多くの人を愛していたかを」
「愛していた...」アルティメスが苦しそうに表情を歪める。
「しかしその愛したもの全てを、私は失った。創造することの無意味さを、君はまだ理解していない」
「でも」アリアの【レゾナンス】により、彼女の想いも対話空間に響く。
「失ったものがあるということは、それだけ大切なものがあったということです。愛していたものが確かに存在していたということです」
「君もいずれ分かる」アルティメスが首を振る。
「愛する者を失う痛みを。創造したものが壊れる絶望を。その時、君も私と同じ結論に達するだろう」
「いいえ」キールが力強く反論する。
「僕は学んだんです。仲間たちと一緒に、いろんな世界を見て回って。失ってもなお残るものがあることを」
対話は深夜まで続いた。
アルティメスは自らの体験してきた絶望を語り、キールたちは響き合うことで得た希望を伝えた。
「音の世界で僕たちが学んだのは、完璧な調和じゃなくて、違う音同士が響き合うことの美しさでした」
「静寂の世界では、一人だけの静けさじゃなくて、心と心が通じ合う平穏を知りました」
「そして僕の世界では、みんな違う能力を持っているけど、それぞれが輝ける場所がある多様性を大切にしています」
セレナの予知、ヴィクターの統制力、リオンの勇気、ユーリの探究心——仲間たち一人一人の想いが、アリアの【レゾナンス】を通じてアルティメスに伝わっていく。
「君たちの絆は...美しい」アルティメスがつぶやく。
「私がかつて仲間たちと築いていたものに似ている」
「だったら」キールが手を差し出す。
「もう一度、一緒に創りませんか?完璧じゃなくてもいい。失われるかもしれない。でも、響き合いながら生まれるものには、きっと意味がある」
アルティメスの瞳に、かすかな光が宿る。
創造王だった頃の、温かな輝きが——




