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第39話 創造王の記憶

その夜、キールは多世界協調大学の最上階にある特別研究室で、虚無王との精神的接触を試みていた。


アリアの【レゾナンス】により、石棺から漏れる微弱な意識の波動を捉えることができるのだ。


「感じる...すごく深い悲しみ」アリアが目を閉じて集中する。

「でも、その奥に...懐かしい温かさもある」


キールは【エンボディメント】で「記憶の橋」を具現化した。

銀色に輝く細い橋が、現実と虚無王の意識を結んでいく。


「行ってきます」キールが橋に足を踏み出す。

「一人では危険だ」リオンが制止しようとしたが、アリアが首を振る。

「私も一緒に行く。【レゾナンス】で常に繋がっていれば、何かあってもすぐに戻れる」


二人は手を取り合い、記憶の橋を渡って虚無王の意識の深層に向かった。


そこで彼らが目にしたのは、想像を絶する美しい光景だった。

無数の星が輝く宇宙空間に、色とりどりの世界が浮かんでいる。

ある世界では音楽が風景を描き、別の世界では思考が花を咲かせていた。

そのすべてを統べる玉座に、一人の若い男性が座っていた。


「創造王アルティメス...」キールがつぶやく。


アルティメスは優しい微笑みを浮かべて創造を続けている。

一つ手を振るだけで新たな世界が生まれ、無数の生命が歓声を上げながら誕生していく。


彼の周りには多くの仲間がいた。

音の世界の先祖たち、光の精霊、時を司る賢者、様々な種族の代表者たち——皆がアルティメスと共に、調和ある多世界を築いていた。


「これが...昔の虚無王の姿なの?」アリアが息を呑む。


しかし美しい記憶の中に、突然暗雲が差し込んだ。

アルティメスが最も愛していた世界——彼の創造の傑作とも言える場所で、激しい戦争が始まったのだ。

他の文明との接触により生じた価値観の衝突。

エネルギー資源をめぐる争奪。


最初は小さな諍いだったものが、やがて取り返しのつかない全面戦争へと発展していく。

アルティメスは必死に調停を試みた。

仲間たちと共に和平の道を模索し、時には自ら戦場に立って両者を説得した。


しかし——


「だめだった...」記憶の中のアルティメスが膝を落とす。


愛する世界は完全に破壊され、そこに住んでいた全ての生命、文化、思い出が消失した。和平のために尽力してくれた仲間の多くも、戦火の中で命を落としていた。


「なぜだ...なぜこんなことに...」アルティメスの嘆きが宇宙に響く。

「私が創った世界が...愛した人々が...全て無になってしまった」


そして破滅的な結論が彼の心に宿る。


「創造することに意味はあるのか?愛することに価値はあるのか?どんなに美しいものも、どんなに大切なものも、いつかは必ず失われる。ならば最初から...無である方がいいのではないか」


創造への愛が反転し、全てを無に還そうとする意志に変わっていく。

美しかった多世界が次々と灰色に染まり、仲間たちの笑顔が恐怖に変わっていく。

創造王アルティメスは虚無王となり、自らが生み出した全てを破壊し始めたのだ。


「見て、キール」アリアが指差す方向に、新たな記憶の断片が現れていた。

それは封印される直前のアルティメスの姿だった。


もはや創造王の面影は見えず、完全に虚無王と化した彼が、最後の世界——レガリア王国に襲いかかろうとしている。

しかしその瞬間、彼の心の最も深い場所に、小さな光が残っていることにキールは気づいた。


創造への愛の最後の欠片。


それは消えることなく、500年間ずっと彼の心で息づいていたのだ。


「まだ間に合う」キールが確信を込めて言う。「彼の心に、まだ愛が残ってる」

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