第38話 封印の限界
多世界協調大学設立から半年が過ぎた秋の日。
レガリア学院の地下封印庫で、これまでに例のない異常事態が発生していた。
「教授、こちらを見てください!」
ユーリの緊迫した声が、封印庫最深部に響く。
虚無王本体を封じた古の石棺——500年間微動だにしなかったその表面に、蜘蛛の巣のような亀裂が走っていた。
「これは...」グレイソン教授の顔が青ざめる。
「封印が限界を迎えているのか?」
駆けつけたキールは、石棺の前で膝をついた。
彼の【エンボディメント】が自然と発動し、空中に薄青い光の糸が現れる。
その糸は石棺の亀裂と同じ形を描いていた。
「キール?」アリアが心配そうに声をかける。
「見えるんだ。封印の力の流れが...まるで巨大な楽器の弦が切れそうになっているように」
その時、石棺から微かな光が漏れ出した。
白でも黒でもない、色彩を失った光——虚無の輝きが、封印庫全体をゆっくりと覆い始める。
「全員、後退!」フィオナが剣を抜き、守護の構えを取る。
しかし光は攻撃的ではなく、むしろ哀しみを帯びているように見えた。
その光の中に、うっすらと人の形が浮かび上がる。
「これは幻影?」セレナの瞳が紫に輝く。
予知の力が何かを感じ取ろうとしていた。
光の人影は、長い髭を蓄えた老人の姿をしていた。
アルカナ——古代の守護者の霊が、最後の力を振り絞って現れたのだ。
「若き響き合う者たちよ...」アルカナの声は風のように儚い。
「封印が崩れる前に、真実を知ってほしい...」
「真実?」キールが立ち上がる。
「虚無王は...元々は創造の王だった。アルティメスという名の、この世で最も美しい世界を創り続けた存在だったのだ...」
一同に衝撃が走る。
破壊の化身だと思われていた虚無王が、かつては創造者だったというのか。
「何が彼をそんなふうに変えてしまったのですか?」アリアが震え声で尋ねる。
アルカナの姿がさらに薄くなる。
「愛する世界を失った絶望が...仲間を失った孤独が...彼の創造への愛を、全てを無に還したいという願いに変えてしまったのだ」
石棺の亀裂が大きくなり、そこから新たな光が溢れ出る。
今度は虚無の光ではない——エコー・ヴォイドが最期に残した、救済の光だった。
「あの光が...王の心に何かの変化をもたらしている」アルカナが最後の言葉を紡ぐ。
「封印はもう長くは持たない。しかし今なら...今なら彼と対話できるかもしれない。創造王アルティメスとして...」
そう言い残し、アルカナの霊は消えていく。
封印庫には再び静寂が戻ったが、石棺の亀裂は確実に広がり続けていた。
「対話...」キールがつぶやく。
「俺たちにできるのか?」
「やってみる価値はある」ヴィクターが低い声で答える。
「このまま封印が破れれば、破壊的な復活になる。しかし対話が成功すれば...」
「新たな可能性が開けるかもしれない」セレナが予知の断片を口にする。
「私には見える...光と闇が手を取り合う未来が」




