第33話 三つの世界の危機」
シレンティア界での調査が2日目に入った早朝、緊急事態を告げる魔法通信が静寂を破って響いた—正確には、心の中に直接響いた。
通信結晶から発せられる光は、通常の穏やかな青色ではなく、激しく明滅する赤色だった。
これは最高レベルの緊急事態を示すサインだった。
『ハルモニア界で再び異常事態が発生』
ユーリの通信装置に映し出されたのは、混乱に満ちたハルモニア界の映像だった。
かつて美しい紫色に輝いていた空が、不安定な灰色へと変貌している。
その空から降り注ぐ光は、もはや生命を育む暖かな光ではなく、すべてを色褪せさせる冷たい光だった。
「すぐに戻らなければ」
キールたちは急いで異界移送装置に向かった。
クワイエタも同行を申し出る—千年間シレンティア界に閉じこもっていた彼女にとって、これは勇気ある一歩だった。
音の世界に戻った瞬間、彼らの耳に飛び込んできたのは、これまで聞いたことのない不協和音だった。
美しいハーモニーは歪み、メロディーは断片化し、リズムは混乱していた。
まるで世界そのものが苦痛に呻いているようだった。
調和の神殿前で、ハルモニアが深刻な表情で出迎える。
普段の穏やかな微笑みは消え、その美しい顔に刻まれた疲労の跡が、事態の深刻さを物語っていた。
「虚無王の新しい分身が現れました」
ハルモニアの声には、これまで聞いたことのない緊張が含まれていた。
「今度の敵は...すべての『響き』そのものを消去する力を持っています。音だけでなく、静寂も、心の響きも、存在のすべての振動を無に還そうとしているのです」
調和の神殿の上空を見上げると、そこには巨大な黒い影が浮かんでいた。
それは影という概念を超えた存在—光も音も、すべての波動を吸収する絶対的な虚無の化身だった。
「我が名はエコー・ヴォイド」
その声は声でありながら声ではない。
すべての響きを否定する、矛盾に満ちた存在の宣言だった。
「音も...静寂も...すべての響きを無に還してやろう。完璧なる無音の世界を創造するのだ」
エコー・ヴォイドの宣言と共に、恐ろしい現象が始まった。
音の世界の美しいメロディーが一つ、また一つと消えていく。それは単なる消失ではない—存在した痕跡さえ残さない、完全な消去だった。
鳥たちの歌声が沈黙し、風の音が途絶え、川のせせらぎが止む。やがては楽器の音色も、人々の笑い声も、すべてが虚無に飲み込まれていく。
同時に、遠く離れたシレンティア界からも異常を告げる通信が入った。
あの穏やかな静寂も乱され、破壊的な無音の範囲が急速に拡大している。
美しい紫水晶の大地が灰色に変色し、光の建造物が一つずつ崩れ去っていく。
そしてレガリア王国でも—
「魔法の響きが不安定になっています!」
学院からの緊急通信が入る。
魔法陣が正常に作動せず、魔法生物たちが苦痛に鳴き声を上げ、古代から続く魔法の調和が根底から揺らいでいる。
三つの世界が同時に危機に陥った状況で、セレナの予知が現実となりつつあった。
「星の欠けた空」—それはハルモニア界の灰色の空。
「沈黙する音楽」—美しいメロディーを次々と失うハルモニア界。
「影に飲み込まれる七色の光」—エコー・ヴォイドによって消されるすべての響き。
「史上最大の危機ね」
アリアが呟く。
しかし彼女の瞳には、恐怖よりも強い決意の光が宿っていた。
「でも...私たちには三つの世界の力がある。それぞれ異なる響きを持つ世界の絆が」
キールは仲間たちを見回した。
リオンの時を操る力、ユーリの解析能力、セレナの予知、ヴィクターの統制力、そしてアリアとの完璧な共鳴—すべてが揃っている。
さらに、ハルモニアの音響魔法、クワイエタの精神統御、そして音の世界の住人たちの協力も得られる。
「響きを奪うなら、新しい響きを創ればいい」
キールの声に、強い意志が込められていた。
「三つの世界の絆を込めて、これまでにない究極の響きを」
エコー・ヴォイドとの決戦への準備が始まった。
世界の運命を賭けた、史上最大の戦いが今、幕を開けようとしていた。




