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第32話 静寂の世界

三日後の早朝。


霧が立ち込める学院の地下深くで、キールたち6人のチームは未知の異界への旅立ちの準備をしていた。


ユーリが開発した新型の異界移送装置は、従来のものとは一線を画す美しさだった。

白銀の金属で作られた巨大な門の枠には、複雑な魔法回路が蒼い光を放ちながら脈動している。

その中央に形成された楕円形のポータルは、まるで液体の鏡のように滑らかな表面を持ち、触れれば手が吸い込まれそうな神秘的な輝きを放っていた。


「シレンティア界...静寂の世界への扉が安定しました」


ユーリの声にも緊張が滲んでいる。

未知の世界への不安と、新発見への期待が入り混じった複雑な感情だった。


キールが先頭に立ち、仲間たちと顔を見合わせる。

アリアの瞳には決意の光が、リオンの表情には冒険への興奮が、セレナの面持ちには予知者としての覚悟が宿っていた。

ヴィクターは冷静な表情の奥に深い思索を秘め、ユーリは科学者としての好奇心を抑えきれずにいた。


「行こう」


キールの一言で、6人は 同時に光の門をくぐった—

一歩足を踏み入れた瞬間、全員が息を呑んだ。


そこには音が存在しなかった。

完全な、絶対的な無音の世界。


足音も、衣擦れの音も、呼吸音も、心臓の鼓動さえも—すべてが沈黙に包まれていた。

それは単なる静けさではない。

音という概念そのものが存在しない、完璧なまでの無音空間だった。


しかし、世界の美しさは筆舌に尽くし難いものがあった。

大地は巨大な紫水晶で形成され、足を踏み出すたびに美しい結晶面が虹色の光を反射する。

空には透明なガラスでできたような建造物が浮遊し、その表面に刻まれた精緻な模様が、見えない光源からの光を受けてキラキラと輝いている。

上空に広がる空は、自分達の世界の空とは全く異なる色彩を見せていた。

薄紫から深い青へと グラデーションを描く空には、まるで北極光のような幻想的な光のカーテンが静かに揺らめいている。

時折、光の粒子が雪のように舞い散り、触れるとほのかな温もりを感じさせる。


『ようこそ、シレンティア界へ』


突然、全員の心の中に声が響いた。


物理的な音ではない—直接精神に語りかける、純粋な意識の声だった。

現れたのは、この世のものとは思えないほど美しい女性。


腰まで届く銀髪は月光のように輝き、一本一本が光の糸のようにきらめいている。

深い青の瞳は、まるで静寂そのものを宿したかのように澄み切り、見つめられるだけで心が深い平穏に包まれる。


静寂の守護者クワイエタ。


彼女が身にまとう白いローブは、歩くたびに光の波紋を生み出し、その存在自体が調和の体現のようだった。


『この世界では、音は存在しません』


彼女の精神的な声は、千年もの瞑想によって磨かれた深い平穏を感じさせる。

言葉の一つ一つが心の奥深くに染み渡り、聞く者の魂を静寂の美しさで満たしていく。


『しかし心の響きは、むしろより鮮明に感じられるでしょう。音のない世界だからこそ、心と心の真の対話が可能になるのです』


確かに、6人の間には言葉を交わさずとも、これまで以上に深い理解が生まれていた。

キールの意志、アリアの愛情、仲間たちの信頼—すべてが直接的に伝わってくる。


『千年間、私はここで心の平穏を追求してきました。外界の雑音に惑わされることなく、真の内なる声に耳を傾けながら...』


しかし、そこでクワイエタの表情が曇る。

千年間保たれてきた完璧な平穏に、初めて不安の影が差したのだ。


『しかし最近...説明し難い異変が起きています』


彼女が案内した先は、シレンティア界の中央部にある聖域だった。

そこには、静寂の世界に不自然な「穴」が開いていた。


それは単なる空間の裂け目ではない。

その穴からは、静寂ですらない真の「無」の気配が漂ってくる。

見つめていると、魂そのものが吸い込まれそうになる恐ろしい虚無の入り口だった。


『虚無の侵食が始まっています』


クワイエタの声に千年ぶりの恐怖が混じった。

『美しい静寂が、破壊的な無音に変質しつつあるのです。このままでは、シレンティア界のすべてが真の無に飲み込まれてしまいます』


キールは新しく覚醒した能力を使い、状況を視覚的に理解しようと集中する。


すると彼の周りに、「平和な静寂」と「破壊的な無音」の違いが色彩として現れた。

前者は柔らかな青い光で表現され、見ているだけで心が安らぐ美しい輝きを放っている。

後者は光さえ吸い込む黒い渦として現れ、その存在自体がすべての希望を否定するような恐ろしい暗黒だった。


一方、アリアの【レゾナンス】も音のない世界で新たな進化を遂げていた。


通常の音による共鳴ではなく、人々の「心の共鳴」を直接感知し、精神的な繋がりを築くことができるようになったのだ。

彼女の瞳が金色に輝くと、クワイエタの心の奥深くに眠る記憶や感情が、美しい光の網として見えてきた。

千年間の孤独、平穏への憧れ、そして今直面している絶望—すべてが手に取るように理解できた。


『あなたたちの力...』


クワイエタがキールたちを見つめる瞳に、千年ぶりの光が宿った。


『希望が見えます。この絶望的な状況に、初めて希望の光が差し込んできました』


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