第31話 新たなる脅威の兆し
春の陽光が差し込むレガリア学院の音響魔法研究科。
実験室の窓辺では、陽だまりの中で色とりどりの魔法結晶が虹色の光を放っていた。
その美しい光の中で、キールは17歳の誕生日を静かに迎えていた。
実験台の上に置かれたハルモニアの小さな分身体が奏でる調律音が、まるで天使の歌声のように空間に響き渡る。
その純粋な音色は、まだ朝露が残る庭園の花々を優しく震わせ、実験室の壁に刻まれた古代魔法陣を淡く光らせていた。
キールは深く息を吸い込む。
体の奥底から湧き上がる温かな感覚—それは虚無の冷たさとは正反対の、生命に満ちた暖かさだった。
血管を流れる血液一滴一滴に至るまで、すべてが調和に満ちている。
「虚無王の残滓、完全に浄化されたのね」
アリアの声には安堵と感動が混じっていた。
彼女の瞳が淡い金色の光を放ちながら、【レゾナンス】の力でキールの内部を詳細に調べていく。
音の波動が彼の体内を巡るたび、かつて虚無に侵食されていた部分が美しい光の粒子となって舞い踊る。
最後の虚無の欠片まで、すべてが調和という名の光に変換されていた。
しかし—キールの表情に微かな困惑が浮かんだ。
「でも、何か違う気がするんだ」
彼が右手をゆっくりと前方に伸ばすと、空中に不思議な現象が起こった。
単なる物質創造ではない—空間そのものが輝き始め、そこに浮かんだのは「希望」という抽象的な概念が実際に形を持ったかのような、淡い金色の結晶だった。
その結晶は呼吸をするように明滅し、見る者の心に深い安らぎと前向きな気持ちを与えていく。
「これは...【エンボディメント】の新たな段階ね」
アリアが息を呑んだ。彼女の経験豊富な目でも、これまで見たことのない現象だった。
「物質創造を超えて、抽象概念までも具現化している...まさに神話の領域の力よ」
その時、研究科の奥深くに設置されたユーリの異界探知装置が、けたたましい警告音を発し始めた。
普段の穏やかな探知音とは全く異なる、不協和音のような不吉な音だった。
青白いホログラム表示画面には、これまで見たことのない異常な波形が踊っている。
それは美しい音の波形とは正反対—まるで波形そのものが消去されていくような、不自然な平坦線が広がっていた。
「音の世界とは正反対の反応です」
ユーリの声は緊張に震えていた。
彼の手がコントロールパネルを駆け回り、データを次々と解析していく。
「完全な静寂...いや、静寂を超えた『無音』の異界への扉が開きかけています。これは今までのどの異界とも根本的に異なります」
同時刻、学院の中庭では別の異変が起きていた。
セレナが薔薇の花壇の前で突然よろめき、石のベンチに手をついて膝をついた。
彼女の美しい紫の瞳が一瞬白く濁り、そこに映し出されたのは恐ろしい未来の断片だった—
夜空に輝く星々が一つ、また一つと闇に飲み込まれ、完全な暗黒の空が広がっていく光景。
音の世界の美しいメロディーが次々と沈黙という怪物に呑み込まれ、最後の一音まで消え去っていく様子。
そして七色に輝くはずのオーロラのような光が、巨大な影に呑まれて消失していく終末の幻視。
「これまでとは比べ物にならない...」
セレナの震える声が中庭の静寂を破る。
薔薇の花びらが風もないのにはらはらと散り落ち、まるで彼女の予知に呼応するように。
「大きな危機が来る...私たちの世界すべてを脅かす、本当の終わりが...」
彼女の言葉が、新たな戦いの始まりを告げる鐘の音のように、レガリア学院の空に響いた。




