第23話 新たな絆
対抗戦の後、キールたちは学院中の注目の的となった。
廊下を歩くたび、学生たちがひそひそと囁き合い、振り返って見つめていく。
それは好奇心に満ちた視線であり、尊敬の眼差しでもあった。
特に、虚無王の残滓を自らの意志で退けたことは、多くの魔法研究者の興味を引いた。
「これは前例のない現象です」
学院の最奥にある異界研究室で、グレイソン先生が分厚い報告書を手に話していた。
その鋭い緑の瞳は知的興奮に輝いている。
「虚無の力に精神的に打ち勝つということは、理論上可能でも実際には非常に困難なことです。君の精神力の強さは、異界研究において極めて重要な資質と言えるでしょう」
研究室の壁には無数の魔法陣が描かれ、棚には見たこともない魔導具や古い書物が並んでいる。
窓からは学院の中庭が見え、夕日が石畳を美しく染めていた。
「今後も様々な危険に遭遇するでしょうが」グレイソン先生は眼鏡を押し上げながら続けた。
「君たちなら必ず乗り越えられるでしょう。君たちには、単なる魔法の力以上のものがある」
キールとアリアは顔を見合わせた。二人の間に流れる共鳴の波動が、互いの安心感を運んでいく。
「正式に、異界研究科の特別研究生として君たちを認めます」
グレイソン先生から手渡された証明書は、美しい羊皮紙に金の文字で書かれていた。
これで、彼らは学院の正規の授業と並行して、最先端の異界研究に参加することになる。
「僕たちも参加したい」
リオンが明るい声を上げた。その青い瞳は冒険への期待に輝いている。
「異界の研究って、きっとすごく面白いことがたくさんあるね?」
ユーリも魔導具を調整しながら頷いた。
「技術的な観点からも、異界の魔法システムは非常に興味深いです。ぜひ研究に参加させてください」
こうして、四人の共同研究チームが正式に結成された。それぞれが持つ異なる能力と視点が、きっと研究に新たな可能性をもたらすだろう。
「これからもよろしくお願いします」
四人が円陣を組み、それぞれの手を重ねた。その瞬間、彼らの能力が微かに共鳴し、研究室の空気が温かくなったような気がした。
その時、控えめなノックの音が響いた。
「失礼します」
扉から顔を出したのはセレナだった。いつもの上品な物腰で、しかし少し緊張した様子で部屋に入ってくる。
「私も…参加させていただけないでしょうか」彼女の声は小さかったが、確固たる決意が込められていた。
「予知の力で、皆さんの研究をサポートしたいんです。危険な異界での調査でも、未来が見えれば少しは安全になるかもしれません」
「もちろんだ」キールが明るく答えた。
「君の力があれば心強い」
「ありがとうございます」セレナの顔に安堵の笑みが浮かんだ。
そして、最も意外な申し出が続いた。
「俺も混ぜてもらおう」
ヴィクターが研究室の扉を堂々と開けて入ってきた。その金色の瞳はいつもの不敵な笑みを浮かべているが、どこか真剣さも見える。
「君たちの研究、面白そうだからな。それに」彼は少し表情を緩めて続けた。
「仲間を見捨てるような男じゃないつもりだ」
六人のチームの誕生だった。
数日後、新しく割り当てられた研究室は、常に賑やかな場所となった。
「あなたたち、研究も大事だけど基本的な勉強も忘れちゃダメよ」
フィオナ姉さんが紅茶とお菓子を持って時々顔を出し、まるで母親のように世話を焼いてくれる。
「分かってるって、姉さん」キールが苦笑いしながら答える。
「本当に分かってるの?昨日も魔法理論の課題、提出するの忘れてたでしょ?」
研究室は笑い声に包まれた。
窓の外では、王都の街並みが夕日に染まっている。
石造りの建物が温かなオレンジ色に輝き、遠くの山々が紫色のシルエットを描いていた。
キールはその美しい景色を眺めながら、外れの森のことを思い出していた。
あの秘密の実験場。
アリアと出会った運命的な瞬間。
虚無王の脅威を知った恐ろしい体験。
あの小さな森から始まった旅が、こんなにも大きな世界へと広がるなんて、当時は想像もしていなかった。
「何か考え事ですか?」
アリアが隣に立った。夕日が彼女の栗色の髪を美しく照らしている。
「ちょっと昔のことを思い出してただけだ」キールは微笑んだ。
「辛い記憶ですか?」アリアの声には優しい心配が込められていた。
「いや…」キールは首を振った。
「むしろ、感謝してるんだ。あの出来事があったから、俺は今ここにいる。君と出会えたし、こんなに素晴らしい仲間たちと巡り合えた」
二人の間を、いつもの共鳴の波動が静かに流れた。
それは今や、単なる能力の現象ではなく、彼らの絆そのものの象徴となっていた。
心と心が響き合う、美しい調べ。
「これからも、一緒に響き合っていきましょう」アリアの瞳が夕日に輝いた。
「ああ、もちろんだ」
研究室では、他の仲間たちが明日の実験計画について熱心に議論している。
リオンの明るい笑い声、ユーリの技術的な説明、ヴィクターの鋭い指摘、セレナの的確な助言、そしてフィオナ姉さんの温かい注意。
この研究室は、彼らにとって新しい家族の場所となっていた。
夕暮れの王都に、大聖堂の鐘の音が響いた。
それは一日の終わりを告げる音であり、同時に新たな物語の始まりを告げる音でもあった。
異界研究はまだ始まったばかり。
きっと危険な冒険が待っているだろうし、想像もできないような困難にも直面するかもしれない。
でも、信頼できる仲間たちがいれば、どんな試練も乗り越えられるはずだ。
キールは手を伸ばし、アリアの手を優しく握った。
彼女も微笑んで握り返してくれる。
エンボディメント・レゾナンス。
創造と共鳴の力を持つ二人を中心に、新しい冒険が今、始まろうとしていた。




