第21話 虚無王の残滓
「よろしく頼む、後輩たち」
ヴィクターが不敵な笑みを浮かべながら剣を抜く。
その隣には、三年生の精鋭たちが完璧な陣形で控えていた。
「【ドミネート】!」
開始の合図と同時に、ヴィクターのタレントが発動された。
闘技場の砂や石が一斉に浮上し、弾丸のような速さでキールたちに襲いかかる。
「散開!」
キールが【エンボディメント】で防御壁を創り出すが、次の瞬間それが青く光った。
「やばい! 支配された!」
防御壁がキールに向かって襲いかかる。
間一髪で転がって回避したが、自分の創造物に攻撃されるという異常な状況だった。
「物理的な構造体はダメですね!」
アリアが【レゾナンス】で相手チームの魔力の流れを読み取る。
「でも、先輩の支配範囲にも限界があります! 同時に操れるのは五、六個が限度みたいです!」
「なら数で勝負だ!」
ユーリが複数の小型魔導具を一度に起動させる。
だが、それらもすぐにヴィクターに支配されてしまう。
「【アクセラレーション】!」
リオンが加速して接近を図るが、支配された魔導具が迎撃する。
「くそっ、どうすりゃいいんだ……」
キールが歯噛みする中、フィオナの言葉を思い出した。
——生きている魔力なら支配されにくい。
「アリア、直接攻撃しかない!」
「分かりました!」
二人は手を取り合い、これまで練習してきた協力技を発動する。
キールの【エンボディメント】が純粋な魔力の奔流として放出され、アリアの【レゾナンス】がそれを増幅していく。
「【共鳴刃】!」
光の刃がヴィクターに向かって飛ぶ。
それは物質ではない、純粋なエネルギーの塊だった。
「ほう……」
ヴィクターが【ドミネート】を試みるが、光の刃は支配されることなく直進していく。
ギリギリで回避したヴィクターが、初めて驚いた表情を見せた。
「面白い技だな。だが——」
ヴィクターの背後から、チームメイトの魔導師が詠唱を完了させる。
「【メテオ・ストライク】!」
巨大な炎の隕石が空から降り注ぐ。
「うわあああ!」
リオンが必死に回避するが、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた。
「リオン先輩!」
キールが駆け寄ろうとするが、その隙を狙ってヴィクターのチームが総攻撃を仕掛けてくる。
状況は絶望的だった。
リオンは戦闘不能、ユーリも魔導具を支配されて身動きが取れない。
「俺たちだけじゃ……」
その時、キールの胸の奥で何かが疼いた。
虚無王の欠片は消えたはずなのに、これは体内に取り込まれた欠片か!……あの時の感覚が蘇る。
——『力』が欲しいのか?
心の奥で、誰かの声が響いた。
——ならば、与えてやろう。
「キール?」
アリアが心配そうに見つめる。
「大丈夫だ……ただ、少し気分が——」
突然、キールの体から黒いオーラが立ち上った。
「これは……」
【エンボディメント】の魔力が異質なものに変わっていく。
具現の力が、破壊の力に——。
「キール、ダメです! それは危険すぎます!」
アリアが必死に止めようとするが、キールの意識は朦朧としていた。
心の奥で、灰色の影が笑っている。
虚無王の残滓が、キールの魔力回路に刻まれた痕跡から這い出そうとしていた。
「力を……もっと力を……」
キールが呟く中、【エンボディメント】で創り出された武器が禍々しい黒色に変化していく。
「おい、あれはヤバくないか?」
観客席がざわめき始める。
「審判、試合を止めるべきでは——」
だが、キールの暴走は止まらない。
黒い魔力が闘技場全体を覆い、観客たちが恐慌状態に陥り始めた。
「キール!」
その時、アリアが決意を固めた表情でキールに近づく。
「【レゾナンス】!」
彼女のタレントが最大出力で発動され、キールの混乱した魔力回路に直接介入する。
「痛い……」
アリアの体に激痛が走る。
虚無王の残滓がアリアの魔力を侵食しようとしているのだ。
だが、彼女は諦めなかった。
「あなたは……キール・モルンテストです……優しくて、仲間思いで、誰よりも強い意志を持った人です!」
アリアの言葉が、キールの意識の奥まで届いていく。
「虚無なんかに負けないで……みんなが、あなたを必要としています!」
光と闇がキールの体内で激しく衝突する。
虚無王の残滓とキール自身の意志が、最後の戦いを繰り広げていた。
「俺は……俺は——」
キールが拳を握りしめる。
「俺はキール・モルンテストだ! 虚無なんかに屈するか!」
強い意志の力が、虚無王の残滓を押し返していく。
黒いオーラが消散し、キール本来の魔力が戻ってきた。
「アリア……ありがとう」
二人は疲労で膝をついていたが、確かな絆で結ばれていた。
「試合はまだ終わっていませんよ」
その時、ヴィクターが剣を構えて近づいてきた。
「君たちの絆の強さ、確かに見せてもらった。だが——」
先輩の瞳に、敬意と共に闘志が宿っている。
「それでも俺は勝つ。これが俺の誇りだ」
【ドミネート】が再び発動され、闘技場中のあらゆる物質が先輩の支配下に入る。
「最後の攻撃だ。受けてみろ」




