第14話 レガリア学院
王都レガリアは、キールの想像を遥かに超える巨大な都市だった。
石造りの建物が幾重にも重なり合い、空に向かって伸びる尖塔の間を魔法で動く乗り物が行き交う。
街角では様々な種族の商人が声を張り上げ、噴水広場では学生たちが魔法の練習に興じていた。
「初めて王都に来たのですか?」
隣に座るアリアが、馬車の窓から身を乗り出すキールを見て微笑む。
「ああ……こんなに大きな街だとは思わなかった」
マーケット街を抜けると、やがて巨大な門が視界に現れた。
レガリア学院——王国最高峰の学び舎。
白い大理石でできた校舎群は、まるで宮殿のような威容を誇っている。
「あれが学院ですね」
門の両脇には衛兵が立ち、訪問者をチェックしている。
だが、グレイソン研究員の同行もあり、キールたちはスムーズに入構できた。
「まずは寮の手続きを済ませましょう」
学院内部は外観以上に洗練されていた。
床には魔法陣が埋め込まれ、学生の動線に合わせて淡い光を放っている。
壁面の絵画は時折動き出し、通りかかる人に挨拶をしていく。
「キール・モルンテスト様ですね」
受付で対応してくれたのは、中年の女性職員だった。
「特別編入生としてお迎えしております。寮は第三研究棟の隣になります」
「研究棟の隣?」
「はい。あなたのタレントを考慮し、実験設備に近い場所を用意しました」
案内された寮の部屋は、思ったよりも広く、勉強机と実験台が備え付けられていた。
窓からは学院の中庭が見渡せ、多くの学生が思い思いに過ごしている様子が見える。
「隣の部屋が私の部屋です」
アリアが廊下から声をかける。
「何かあったら、いつでも声をかけてくださいね」
荷物を整理していると、ドアをノックする音が響いた。
「どうぞ」
現れたのは、見覚えのある赤い髪の女性だった。
「キール!」
「姉さん!」
フィオナ・モルンテストは、弟を力いっぱい抱きしめた。
「無事で良かった……ダンジョンの件、聞いたわよ。本当に心配したんだから」
「ごめん、心配かけて」
「でも、よくやったじゃない」フィオナは誇らしげに微笑む。
「王都でも評判になってるのよ、『新進の異界研究者』って」
その夜、フィオナの案内で学院の食堂へ向かった。
食堂は巨大なホールで、長いテーブルが何列も並んでいる。
学年や専攻によって座る場所が分けられているようだが、雰囲気は和やかだ。
「やあ、フィオナ!」
声をかけてきたのは、フィオナより少し年上の男子学生だった。
短い金髪に緑の瞳、騎士科の制服を着ている。
「リオン先輩。紹介するしますね、私の弟のキールです」
「キール・モルンテスト君ですね! 噂は聞いています」
リオンは興奮気味に握手を求めてきた。
「僕はリオン・ハート。騎士科の三年生です。君の【エンボディメント】、ぜひ見せてもらいたいな」
「リオン先輩は戦闘技術に興味があるのよ」フィオナが説明する。
「先輩のタレントは【アクセラレーション(加速)】なの」
「一瞬だけ時間の流れを操れるんです」リオンが手をかざすと、空気が微かに歪んだ。
「でも持続時間が短くて……」
食事中、他の学生たちからも声をかけられた。
キールとアリアの功績は学院内でも話題になっており、特に異界研究に興味のある学生たちの注目を集めていた。
「君たちの共鳴技術、論文で読ませてもらったよ」
声をかけてきたのは、眼鏡をかけた痩身の上級生だった。
「僕はユーリ・ノヴァク。魔導工学科の四年生だ」
「魔導工学?」
「魔法と機械技術を融合させる分野さ。君の【エンボディメント】なら、既存の魔導具を大幅に改良できるんじゃないかな」
ユーリの瞳には知的好奇心の炎が宿っていた。
「今度、僕の研究室を見に来ないか? 面白いものを見せてあげるよ」
夕食後、キールとアリアは中庭を散歩していた。
月明かりが白い校舎を照らし、夜風が心地よく頬を撫でていく。
「学院って、思ったより普通の場所ですね」
アリアが呟く。
「普通?」
「皆さん、特別な力を持ちながらも、ごく自然に接してくださる。私、今まであまり同年代の人と話したことがなくて……」
キールは振り返る。アリアの表情には、安堵と戸惑いが混じっていた。
「君も俺も、これまで一人だったからな」
「でも、これからは違います」
アリアが微笑む。
「たくさんの仲間ができそうです」




