第12話 共鳴する力
封印の儀式の準備が始まった。
アルカナの指導の下、キールとアリアは石棺の周囲に配置された古い魔法陣を学習していく。
その構造は驚くほど複雑で、魔力の流れを三次元的に制御する高度な技術が使われていた。
「封印の核となるのは『調和の結晶』です」
アルカナが手のひらサイズの透明な結晶を取り出す。
「これに虚無王の力を封じ込め、永続的な封印とします。しかし——」
「問題があるんですね」アリアが察する。
「調和の結晶は、相反する二つの力の完全な均衡によってのみ機能します。創造と破壊、秩序と混沌、そして——」
「具現と共鳴」キールが続ける。
「その通りです。あなたたちの力を完全に同調させ、結晶に注ぎ込まなければなりません」
最初の練習は、小さな封印陣での魔力制御から始まった。
キールは【エンボディメント】で微細な魔法構造体を創り出し、アリアがそれに【レゾナンス】で魔力を同調させていく。
「もう少し左の構造を強化してください」
「こう?」
「はい、今度は私の波動に合わせて——」
二人は息を合わせ、少しずつ技術を向上させていった。
最初はぎこちなかった連携も、時間と共に自然になっていく。
それは単なる技術習得ではなかった。
互いの魔力に触れることで、二人は相手の心の奥まで感じ取れるようになっていく。
キールの中にある孤独感と、家族を失った悲しみ。
アリアの中にある使命感と、人を救いたいという強い願い。
「あなたも……辛い経験をしてきたのですね」
休憩中、アリアが静かに呟く。
「俺の故郷は戦争で焼かれた。家族も、全部」
「私は……生まれながらにして異界の研究をすることが定められていました。普通の子供時代は、ありませんでした」
二人は互いの痛みを理解し、それが絆を深めていく。
三日間の訓練の後、ついに本番の時が来た。
石棺の周囲には調査隊全員が配置につき、万が一の事態に備えている。
アルカナは調和の結晶を両手で抱え、キールとアリアの間に立った。
「準備はよろしいですか?」
二人は頷く。
キールの手の中には、これまでで最も複雑な魔法陣の設計図が浮かんでいた。
アリアの周囲には、無数の光粒子が静かに回転している。
「始めましょう」
キールが【エンボディメント】を発動する。
空中に巨大な立体魔法陣が現れ、石棺を包み込むように展開された。
それは美しくも恐ろしい幾何学模様で、見る者の目を眩ませるほどの輝きを放っていた。
「今だ、アリア!」
アリアの【レゾナンス】が発動する。
彼女の魔力がキールの創造した構造体と融合し、調和の結晶へと流れ込んでいく。
結晶が光り始めた。
しかし——
「ウワアアアアアアア!」
石棺の中から、凄まじい咆哮が響いた。
虚無王が封印の変化を察知し、抵抗を始めたのだ。
石棺から黒い霧が噴き出し、魔法陣を侵食しようとする。
キールの創造した構造体が次々と崩壊していく。
「持ちこたえて!」アルカナが叫ぶ。
キールは歯を食いしばり、崩れた部分を即座に再構築していく。
アリアも必死に魔力を注ぎ込み、調和を保とうとする。
しかし、虚無王の力は想像以上だった。
「だめです! 力が足りません!」
アリアが悲鳴を上げる。
調和の結晶にひびが入り始めていた。
その時——
キールのポーチの欠片が激しく光った。
虚無王の分身の残骸が、本体と共鳴を始めたのだ。
「これは……」
キールは直感した。
欠片を封印に組み込めば、虚無王の力を内側から制御できるかもしれない。
「アリア! 俺の欠片を結晶と融合させる!」
「危険すぎます! 爆発するかもしれません!」
「でも、他に方法が!」
キールは欠片を取り出し、調和の結晶に向かって投げた。
もう一つの欠片はキールの体内に取り込まれていった。
二つの結晶が接触した瞬間——
世界が白い光に包まれた。
光が収まったとき、そこには美しい青い結晶が浮かんでいた。
虚無王の咆哮は止み、石棺からの黒い霧も消えている。
新しい結晶は、キールの欠片、調和の結晶、そして二人の魔力が完全に融合した、全く新しい封印装置だった。
「成功……したのか?」
グレイソンが恐る恐る近づく。
アルカナは結晶を見つめ、静かに頷いた。
「はい。これまでの封印より遥かに強固です。恐らく、千年は持つでしょう」
キールとアリアは疲労で膝をついていたが、満足そうに微笑んでいた。
「やりましたね」
「ああ……君のおかげだ」
二人の間を流れる共鳴の波動は、今や永続的な絆となっていた。




