第11話 封印の間
新しい通路は、これまでとは明らかに異なる造りをしていた。
壁面には精巧な彫刻が施され、天井には古代文字で書かれた文章が延々と続いている。
魔法灯の光に照らされると、文字が淡く光を放ち、まるで生きているかのように見えた。
「これは……古代魔法語ですね」
グレイソン研究員が天井を見上げながら呟く。
「読めますか?」キールが尋ねる。
「部分的には。『封印』『守護』『禁忌』といった言葉が見えます。しかし、文脈が……」
その時、アリアが立ち止まった。
「待ってください」
彼女は壁に手を触れ、目を閉じる。
【レゾナンス】のタレントが発動し、周囲に光の粒子が舞い始めた。
「この文字……生きています」
「生きている?」
「文字そのものに魔力が込められていて、意思のようなものを感じます。まるで——警告文のような」
アリアの言葉と同時に、通路の奥から新たな音が響いてきた。
鐘の音ではない。
重い扉が開く音、そして足音。
「何者かが接近しています」
護衛騎士の一人が剣を構える。
だが現れたのは、またしても半透明の人影だった。
今度は一人——長い髭を蓄えた老人の姿をしている。
手には厚い書物を抱え、瞳には深い悲しみが宿っていた。
「ようやく……来たのですね」
老人の声は、先ほどの三人よりもはっきりとしていた。
「私は……この場所の最後の守護者。名をアルカナといいます」
「守護者?」グレイソンが一歩前に出る。
「何を守っているのですか?」
アルカナは悲しげに微笑んだ。
「世界を……滅ぼしかねない力を」
アルカナの導きで、調査隊はさらに奥へと進んだ。
通路は螺旋状に下降し、やがて巨大な円形の部屋に出た。
そこは荘厳な大聖堂のようだった。
高い天井は星空を模した魔法陣で覆われ、中央には巨大な石棺が置かれている。
石棺の周囲には数百の魔法陣が重層的に配置され、強力な封印を形成していた。
しかし、その封印の一部に亀裂が走っているのがはっきりと見えた。
「これが……封印の間」
アルカナが石棺を見つめながら言う。
「五百年前、私たちはここに『それ』を封印しました。だが……封印は徐々に弱くなっている」
「『それ』とは何ですか?」
アリアの問いに、アルカナは重々しく答えた。
「『虚無王』……異界から現れた破壊の化身です」
キールの胸の欠片が激しく脈動した。
まるで石棺の中身と共鳴しているかのように。
「虚無王は物質も魔力も全てを無に還す力を持ちます。一度解放されれば、この世界は——」
「待ってください」
キールが口を挟む。
「私が戦った灰色の影……あれも虚無王と関係が?」
アルカナは驚いたような表情を見せた。
「あなたが……あの『欠片』を持つ者ですか」
アルカナの視線がキールのポーチに向けられる。
「その欠片は、虚無王の分身の残骸。あなたがそれを倒したことで、封印に変化が生じたのです」
「変化?」グレイソンが険しい表情で問う。
「封印は、虚無王の力を分散させることで維持されていました。しかし分身が破壊されたことで、分散していた力が本体に還流している」
アルカナは石棺の亀裂を指差す。
「この亀裂が、その証拠です」
調査隊に動揺が走る。
キールは罪悪感に駆られそうになったが、アリアが彼の肩に手を置いた。
「あなたのせいではありません」
アリアの【レゾナンス】が、キールの心の動揺を和らげる。
「むしろ……これは運命だったのかもしれません」
「運命?」
アルカナがアリアを見つめる。
「あなたも……特別な力を持つ者ですね」
「はい。【レゾナンス】のタレントを」
「そして彼は【エンボディメント】……」
アルカナの瞳に希望の光が宿った。
「もしかすると……新たな封印を作り直すことができるかもしれません」
「新たな封印?」
「古い封印は既に限界です。しかし、具現と共鳴の力があれば——」
アルカナは二人を見回す。
「【エンボディメント】で新たな封印構造を創り、【レゾナンス】でそれを虚無王の力と調和させる。理論上は可能です」
「理論上、ということは……」
「危険を伴います」アルカナは正直に答えた。
「失敗すれば、封印は完全に破綻し、虚無王が復活してしまう」
重い沈黙が場を支配した。
キールとアリアは顔を見合わせる。
二人の間を流れる共鳴の波動が、互いの決意を伝え合っていた。
「やります」
キールが先に口を開く。
「私のせいで封印が弱くなったなら、私が責任を取ります」
「私も同感です」
アリアも頷く。
「これは偶然ではない。私たちがここに導かれたのには意味があります」
グレイソン研究員が心配そうに口を開く。
「君たち、まだ子供だぞ。そんな危険なことを——」
「でも、他に方法はないんでしょう?」
キールの言葉に、アルカナは無言で頷いた。
「私たちにやらせてください」
アリアの静かだが強い意志が、その場の全員に伝わった。




