第10話 新たな通路
調査隊が森の奥へ進む中、キールは隊列の後方でアリアと並んで歩いた。
他の隊員たちは警戒に集中しており、二人の会話に注意を向ける者はいない。
「あなたのタレント……【エンボディメント】ですね」
アリアが突然口を開いた。
キールは驚いて足を止めそうになる。
「どうして——」
「先ほど握手したとき、感じました。あなたの魔力には独特の『形成波動』がある」
アリアは歩きながら続ける。
「私のタレントは【レゾナンス(共鳴)】。他者の魔力と同調し、その性質を読み取ることができます」
「共鳴……」
「ええ。そして……あなたは最近、とても強力な魔力に触れましたね」
キールは息を呑んだ。
欠片のことを見抜かれたのか——いや、それ以上に。
「あなたの魔力に、『異界』の痕跡がある」
アリアは足を止め、キールを見つめた。
「あのダンジョンの奥で、何を見ましたか?」
キールは迷った。
父にさえ詳細を話していない体験を、初対面の少女に明かすべきか。
だが、アリアの瞳には嘘を許さない真剣さがあった。
「……灰色の影と戦いました。それは普通の魔物ではなく、まるで——」
「人の形をしていたが、既に人ではないもの」
アリアがキールの言葉を継いだ。
「そして、その残骸から何かを持ち帰った」
キールは無言でうなずく。
「見せてもらえますか? ここではなく、安全な場所で」
「どうして……あなたは何者なんですか?」
アリアは少し微笑んだ。それは彼女の最初の、人間らしい表情だった。
「私は——異界の研究者です。そして、あなたのような能力者を探していました」
その時、前方から騎士の声が響いた。
「ダンジョン入口を確認! 全員警戒態勢!」
キールとアリアは顔を見合わせた。
会話はここまで——だが、二人の間には確かな繋がりが生まれていた。
洞窟の入り口は、キールが初めて見たときとは様相を変えていた。
封印の魔法陣は完全に消失し、代わりに王都の魔導師たちが設置した結界が淡く光っている。
入り口からは規則的な魔力の波動が流れ出ており、まるで巨大な心臓の鼓動のようだった。
「魔力濃度、通常の三倍を記録」
魔導師の一人が測定器を確認しながら報告する。
「内部構造も変化している可能性があります。慎重に進みましょう」
グレイソン研究員が隊列を整理する中、アリアがキールの袖を軽く引いた。
「あなたが最初に入ったときと、何か違いますか?」
キールは洞窟を見つめながら答えた。
「……"呼んでる"感じがします。前は静かだったのに」
アリアの表情が引き締まる。
「やはり……何かが目覚めたのですね」
調査隊は慎重に洞窟内部へ進入した。
魔法灯の光が岩壁を照らす中、キールは懐かしくも不安な気持ちで歩を進める。
通路の形状は記憶通りだが、空気の質が明らかに違っていた。
前回は湿っていた空気が、今は乾燥し、わずかにオゾンの匂いがする。
そして——欠片が絶え間なく脈動し続けていた。
「この先で通路が分岐します」
キールが案内すると、グレイソン研究員が立ち止まった。
「魔力の流れを確認する。左の通路からより強い反応がある」
「以前、私が降りたのは左です」キールが付け加える。
「では、まず左を調査しよう。アリア、何か感じるか?」
アリアは目を閉じ、集中する。
その瞬間、彼女の周囲に淡い光の粒子が漂い始めた。
「……複数の意識体を感知します。ですが、生命反応ではありません」
「意識体?」
「魔力によって形成された、人工的な意識のようなものです。恐らく——」
アリアの言葉が途切れた。
洞窟の奥から、低い鐘の音が響いてきたのだ。
キールの記憶にある音と同じだが、今回はより大きく、明瞭に聞こえる。
まるで調査隊の接近を知らせる警鐘のように。
「全員、武器を構えろ!」
グレイソンの指示で、騎士たちが剣を抜く。
魔導師たちも詠唱を始め、護衛の冒険者たちが隊列を守るように配置につく。
しかし、キールとアリアは別のことに気づいていた。
「この音……」アリアが呟く。
「共鳴している」キールも同じことを感じていた。
二人のタレントが、鐘の音に反応している。
【エンボディメント】と【レゾナンス】——異なる能力だが、根本では同じ波動を共有しているのかもしれない。
「私たちを……呼んでいる」
アリアの言葉に、キールは無言でうなずいた。
調査隊が石の台座がある広間に到達したとき、そこには予想外の光景が広がっていた。
台座の周囲に、半透明の人影が三体、静かに立っていたのだ。
彼らは中世の学者らしい服装をし、手には書物や杖を持っている。
顔は朧げだが、確かに人間の形をしていた。
「幽霊……いや、残留思念か」
グレイソン研究員が息を呑む。
そのとき、中央の人影が口を開いた。
「遠い……遠い昔から……待っていた」
声は風のように軽く、しかし確かに言葉として聞こえる。
「異界の扉を……開く者を」
人影の視線が、キールとアリアに向けられた。
「二つの力が……一つになるとき……封印は解かれる」
「封印?」グレイソンが前に出る。「何の封印だ?」
だが人影は答えず、ゆっくりと台座の奥を指差した。
「奥へ……進め……真実が……待っている」
そして光と共に消えた。
残された調査隊は、重い沈黙に包まれた。
「……進むしかないようですね」
グレイソンが決断を下す。
しかし、台座の奥への通路は、キールの記憶にはないものだった。
まるで人影の出現と共に現れたかのように、新しい道が口を開けている。
「アリア、どう思う?」
「危険です。でも……」アリアはキールを見る。
「あなたと一緒なら、何とかなるかもしれません」
二人の間を、欠片の脈動と共鳴の波動が繋いでいた。
それは不安を和らげ、勇気を与える、不思議な絆だった。
調査隊は新たな通路へと足を踏み入れた。
そこで待っているものが何であれ、キールとアリアは共に立ち向かう準備ができていた。
彼らの物語は、まだ始まったばかりだった——。




