第9話 王都調査隊
二週間が過ぎた。
キールの傷は順調に治癒し、日常の剣術訓練も再開していた。
しかし、あの欠片はポーチの奥でときおり脈動を続け、夜中に微かな共鳴音を立てることがあった。
音は小さく、他の誰にも聞こえないが、キールには確実に届いていた。
その朝、屋敷の門前に馬車の列が現れた。
王都からの調査隊——噂に聞いていたよりも大規模で、護衛騎士、学者、魔導師、そして数名の上級冒険者が含まれていた。
「ラーク・モルンテスト殿はいらっしゃいますか」
先頭の馬車から降りたのは、深青の制服に身を包んだ中年の男性だった。
胸元には王都レガリア学院の紋章が光り、背には魔法具を収めた革袋を背負っている。
「私がラークです。王都からお疲れ様でした」
父が玄関で出迎えると、男性は丁寧に一礼した。
「レガリア学院上級研究員、エドワード・グレイソンと申します。この度は、貴領内のダンジョン調査にご協力いただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。領民の安全のため、どうぞお力をお貸しください」
二人が握手を交わす中、キールは屋敷の窓から馬車列を観察していた。
その中でひときわ目を引いたのは、最後尾の小さな馬車だった。
扉に刻まれた紋章は見慣れないものだが、馬車全体から淡い魔力の波動が感じられる。
(あの馬車だけ……違う)
欠片が微かに反応した。
ポーチの中で小さく震え、まるで「注意しろ」と警告しているかのようだった。
その日の夕方、調査隊は外れの森へと向かった。
キールは父の許可を得て、案内役として同行することになった。
表向きは地元の案内だが、本当の理由は別にある——あの場所で何が起きるのか、自分の目で確かめたかった。
森の入り口で、グレイソン研究員が隊列を止めた。
「皆さん、ここからは警戒レベルを最大に。このダンジョンは通常の魔物生息地とは異なる特殊な魔力反応を示しています」
隊員たちが装備を点検する中、キールは最後尾の馬車に目を向けた。
扉が開き、中から一人の人影が現れる。
それは——少女だった。
年齢はキールと同じくらい、十五歳前後。
銀色の長い髪を後ろで束ね、深緑のローブを身にまとっている。
顔立ちは整っているが、瞳には年齢に似合わぬ鋭さが宿っていた。
「遅くなって申し訳ありません」
少女の声は澄んでいるが、どこか機械的な響きを持っている。
グレイソン研究員が振り返ると、表情を引き締めた。
「アリア、体調はどうだ?」
「問題ありません、グレイソン先生」
アリアと呼ばれた少女は、キールの方を一瞥した。
その瞬間、欠片が強く脈動し、キールの背筋に冷たいものが走る。
(この子……ただの研究員じゃない)
「彼がキール・モルンテスト君ですね」
アリアがキールに向き直る。
その瞳は、まるで全てを見透かすかのように深かった。
「はい……えーと」
「アリア・ヴェルナー。レガリア学院特別研究生です」
握手を交わした瞬間、キールの手に電撃のような感覚が走った。
だが痛みではなく——どこか懐かしい、温かな共鳴だった。
アリアも目を見開く。
「あなた……まさか」
「何かありましたか?」グレイソン研究員が心配そうに近づく。
「いえ、何でも」アリアは素早く手を引っ込めた。
しかし、その瞳はキールを離さなかった。
まるで「あとで話がある」と言っているかのように。




