プロローグ 「燃える春」
それは、五歳の春だった。
空は赤く裂け、炎が世界を飲み込み、悲鳴が夜を裂いていた。
熱気が肌を焼き、息をするたび喉が焦げる。
走る足元で、何かが崩れ落ちる音がした。
——その先は、覚えていない。
まるで水底から空を見上げるように、断片だけが浮かんでは消えていく。
ただひとつ、焼け焦げた臭いだけは、今も鼻の奥にこびりついて離れない。
家族も、住処も、全部なくなった。
それでも、生きていた。運が良かった——そう言うほかない。
その後、俺は戦災孤児として孤児院に預けられ、
六歳の春、ある騎士の家に引き取られる。
モルンテスト家。
代々、この地方を治める領主に仕える由緒ある騎士の家系だ。
父——ラーク・モルンテスト。
母——レオナ・モルンテスト。
そして姉——フィオナ・モルンテスト。
血は繋がらないが、フィオナは本当の姉のように優しく、強かった。
剣の才に恵まれ、父が誇るほどの腕前を持ち、王都のレガリア学院への入学が決まっていた。
俺——キール・モルンテストも、来年その学院に入学する予定だ。
騎士家の子として。
人々は生まれ付きタレントという特殊能力を1つ持っている。
これは、魔法に似ているが、魔法ではない。
姉は「ストレングス(怪力)」の持ち主だ。
そして俺のタレントは、【エンボディメント(具現)】
思い描いたものを、この世界に形として現す力。
だが、完全に再現できるとは限らず、作り出したものが“本物”になる法則も掴めていない。
制御を誤れば、危険すら伴う。
見方によれば欠陥タレントとも言える。
魔法には六つの基本属性——土、水、火、風、光、無。
複数の適性を持てば、雷や氷、聖や闇といった上位属性も扱える。
……俺は、たぶん全部いける。自覚はある。
モルンテスト家での9年間、剣術、魔法、礼儀作法、すべて学んだ。
そして人目を忍び、自分の力を試す場所を見つけていた。
外れの森にひっそりと口を開ける、忘れられた古いダンジョン——そこが、俺の“実験場”だった。
春、姉が王都へと旅立って数か月後。
モルンテスト領で正式にダンジョンが発見される。
外れの森の奥——俺の秘密の場所と、まったく同じ場所で。
俺は興味本位でダンジョンに入ってみるのだった。