強面騎士は婚約破棄の現場に遭遇する
結婚観はあくまでこの世界の話です。
現在は別にしなくても問題ない、というのも一つの考え方だと思います。
顔が怖いのは損である──幼い頃にそう学んだ。
人と関わる際、まず見られるのがその人の容姿である。
顔が怖い時点で他者から敬遠されてしまう。
初めて同年代の集まりに参加したとき、誰も俺に近づいてこなかった。
俺から近づこうとすれば、距離を取られる。
その時点で俺は察してしまった。
そんな俺は仲間を求め、騎士団に入隊した。
この国で顔の怖い連中が多いのは武闘派の騎士団だろうと思ったからである。
貴族ではあるが三男の俺は家を継ぐことはないので、騎士団に入隊することを許可された。
剣の才能があったのか、俺はめきめきと実力をつけていった。
その結果、5年目──20歳には第二騎士団の副団長にまで成り上がった。
だが、そこで新たな問題が出てきた。
「ウルス、今度のパーティーに参加してこい」
「護衛としてですか?」
「参加者だよ、馬鹿野郎」
団長の命令に当たり前のように答えると、罵られてしまった。
しかし、意味が分からない。
どうして俺がパーティーの参加者になるのだろうか?
「なるほど。参加者として貴人の護衛をするんですね」
「どこまで仕事脳なんだ、お前は」
「違うんですか?」
団長が頭を抱えている。
そんなに間違ったことを言っただろうか?
「次のパーティーでお前の婚約者を見つけるんだよ」
「はい?」
意味が分からず、呆けた声を漏らしてしまう。
どうしてそんな話になったのだろうか?
「お前の実力は騎士団の中でもトップクラスだ。当然、いずれは団長になるだろう」
「ありがとうございます。ですが、まだ団長には勝てていません」
評価されるのはありがたいが、俺の実力はまだまだである。
現に隊長格には誰一人勝てていない。
副団長すら下から数えた方が早い。
「20歳のガキに負けてやるほど、耄碌はしてねえよ。だが、それも時間の問題だ。そうなると、残る問題は一つだけだ」
「残る問題?」
「お前の嫁さんだ」
「意味が分からないんですが・・・・・・」
団長の話の意図が分からない。
どうして俺の結婚の話になるのだろうか?
「結婚ってのは一種のステータスだ。若い頃はいいが、同じ40代の男で未婚と既婚だったら、どちらの方が信頼できる?」
「既婚の方でしょうか?」
「そうだ。その年になってまだ結婚もしていない男なら何か問題があると判断されるだろう。そうなったら、周囲から信頼を勝ち取るのは難しい」
「たしかに」
「そんな奴に団長を任せられると思うか?」
「それは・・・・・・」
団長の説明に反論できなかった。
彼の言うとおりである。
しかし、だからといって素直に従うのは難しい。
「ですが、俺は女性と話したことはないんですが──」
「昔、強面で誰にも近づいてもらえなかったからだろ? そろそろそのトラウマからも解放されるべきだ」
「う」
退路を断たれてしまう。
たしかに改善しようとすべきだろう。
だが、昔のトラウマが恐怖を呼び起こす。
「まあ、そう簡単にいくとは思ってねえよ」
「事実でしょうが、それはそれで失礼ですよ」
「しっかりと次の策は考えてある」
「というと?」
「俺の娘と結婚するのはどうだ? 娘なら俺で強面にはなれているからな」
「流石に10歳下の少女を嫁には貰えないですよ」
「・・・・・・娘じゃ不満か?」
「っ⁉」
団長に睨まれ、無意識に剣に手を伸ばす。
本気で殺されると思ってしまった。
「冗談だよ。いくらお前でも娘はやれん」
「それなら良かったです」
「だが、お前が婚約者を見つけられなかったら、そういうルートがあることを考えておけ」
「・・・・・・わかりました」
団長の真剣な顔に頷くしかなかった。
婚約者捜しに失敗したら、俺は少女好きのレッテルを貼られることになるのだ。
流石にそれは避けたい。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それから俺はパーティーに参加した。
新品の服も用意した。
もちろん、パーティーに気合い十分で用意したわけではない。
訓練によって鍛え上げられた筋肉に持っていた服が耐えきれなかったため、新たに買う必要があったのだ。
余計な出費である。
「・・・・・・」
パーティーに参加して数十分、俺は誰とも話していなかった。
最初は久しぶりのパーティーで緊張していた。
だが、誰も話しかけようとしなかった。
だから、今度は俺が話しかけようとした。
その結果がひとりぼっちである。
やはり強面の俺には無理だったのだろうか。
素直に少女好きの汚名を受け入れるしかないのだろうか。
(((ざわっ)))
「ん?」
周囲がざわめいていることに気がついた。
会場の中心で何かが起きており、その周りを人々が取り囲んでいた。
一体、何があったのだろうか?
背伸びをして、上側から状況をのぞき見る。
こういうときに背の高い体は重宝する。
「お前のような性格の悪い女は次期公爵夫人にふさわしくない。婚約破棄だ」
意地悪そうな男が令嬢を罵倒していた。
しかも、男の側にはもう一人の令嬢がいた。
前者が綺麗系ならば、後者は可愛い系だろうか?
どちらも魅力的な女性かもしれないが、後者の令嬢に違和感がある。
どこかわざとらしい雰囲気がある。
あくまで俺の直感だが──
「まさか侯爵家のイザベラ様が虐めをしているなんて」
「でも、浮気をしたのはルーク様でしょう?」
「そもそも婚約者として当然の注意をしたのでは?」
「ですが、虐めはやりすぎでしょう」
「階段から突き落としたそうですし」
周囲の話から大体の話は推測できた。
おそらく前者の令嬢が後者の令嬢を虐めたという罪で婚約破棄されているようだ。
たしかに虐めはよくないことである。
しかし、本当に前者──イザベラ嬢が虐めをしたのだろうか?
そこに疑問が残る。
「とっととこの場から去れ」
(ドンッ)
「きゃっ」
男がイザベラ嬢を突き飛ばす。
いくら鍛えていなくとも、大の男の力なら女性にとって脅威である。
体勢を崩し、そのまま倒れそうになり──
(グッ)
「大丈夫ですか?」
──ギリギリのところで彼女を受け止めた。
あのまま倒れてしまったら、彼女は怪我をしていたはずだ。
どうにか間に合って良かった。
「あ、ありがとう」
彼女は感謝の言葉をくれた。
初対面の女性に怖がられずに話しかけられたのは初めてである。
それがとても嬉しかった。
そして、その言葉で彼女は虐めをするような人ではないと感じた。
「立てますか?」
「ええ、はい・・・・・・っ⁉」
体を起こそうとしたが、彼女は顔をしかめる。
どうやら突き飛ばされたときに足をくじいたようだ。
流石にそんな彼女を立たせるわけにもいかない。
「そこの君」
「は、はい」
「椅子を持ってきてくれ」
「か、かしこまりました」
近くの男性に指示を出し、椅子を運んで貰った。
そこにイザベラ嬢を座らせる。
「貴様、何をやっている?」
男がこちらを睨み付けてくる。
公爵令息という立場だからだろうか、偉そうな雰囲気である。
だが、あんまり怖くはない。
正直、騎士団の強面連中に睨まれた方がよっぽど怖い。
「冤罪で裁かれそうな女性を救いに来た、ですかね?」
俺はとびっきりの笑顔で答えた。
だが、周囲から悲鳴が聞こえてくる。
いや、悲鳴はおかしいだろう。
「冤罪だと? その女の犯した罪は事実だ」
俺の言葉に男は反論してくる。
まあ、彼としては彼女が断罪された方がよっぽど良いのだろう。
意中の彼女と添い遂げられるのだから──
だが、それが原因で冤罪が生まれるのなら、騎士としては放っておけない。
「そちらの令嬢が突き落とされたのはいつの話ですか?」
「は?」
「おそらく突き落とされたときに足を怪我したのでしょう。その包帯が痛々しそうですね」
令嬢の足には包帯が巻かれていた。
怪我していることが一目瞭然で、周囲の同情を買っている。
「1週間前だ」
「なるほど。それなのにもうすでに立てるのですか?」
「何が言いたい?」
「突き落とされたのは狂言ではないのか、ということですよ」
俺ははっきりと指摘する。
最初からおかしいと思っていた。
彼女は最初から立っていた。
階段から突き落とされたのなら、うまく受け身をとっても1週間程度で完治する怪我にはならないだろう。
「貴様、何を言っている」
「令嬢の話を聞かせて貰いましょうか?」
男を無視して、俺は令嬢に話しかけるために近づく。
「ひいっ⁉」
俺が近づいたことで令嬢は悲鳴を上げて後退した。
怪我をしたはずの足で、だ。
「やはり怪我は嘘だったんですね」
「う、嘘じゃないわ。実際に突き落とされて──」
「彼女が近くに来たタイミングで階段から転がったといったところかな? まるで彼女が突きとしたかのように偽装するために」
「なっ⁉」
図星だったのか、彼女はわかりやすく体を強ばらせる。
鎌をかけただけだが、まさか当たるとは思わなかった。
まあ、たかが令嬢が考えることなので、そこまで大したことではない。
「どうやら他の虐めの話も嘘の可能性が高いな。改めて調べた方が良さそうだ」
「っ⁉」
分が悪いと判断したのか、令嬢はその場から逃げ出した。
逃げても意味は無いと思うが、素人だと仕方が無いな。
そんな彼女を男は追いかけていった。
会場に残された人たちはぽかんとしていた。
「さて、俺も帰りますか」
流石に場をかき乱したことでばつが悪く、立ち去ろうとする。
これで少女好きが確定してしまう。
どうしようか・・・・・・
「あの」
「はい?」
いきなり声をかけられる。
真剣なイザベラ嬢がいた。
「助けていただき、ありがとうございます」
「騎士として当然のことをしたまでですよ」
「名前を教えてください」
「侯爵令嬢に覚えて貰うような人間じゃないので」
名前を聞かれたが、答えることはなかった。
たかが田舎貴族の三男坊など、彼女の人生に必要は無い。
だからこそ、俺は名前を告げずにパーティー会場から去った。
後日、とんでもない申し出が俺の元に舞い込んできた。
おそらく俺に直接来れば断られると思ったのか、騎士団経由で話が来たらしい。
そのせいで団長が先に内容を知ることになり、大爆笑されてしまった。
今後、どうなるのでしょうか?
作者のやる気につながるので、読んでくださった方は是非とも評価やブックマークをお願いします。
★5でも★1でもつけていただけると幸いです。
※評価がそこそこあり、感想でも続きが読みたいとあったので、連載版を書き始めます。
とりあえず、最初の2話は6/8の14:00に投稿します。
是非読んでください。
短編の他の作品も是非読んでください。