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8話 恋愛感情

「すまんな。まだ部隊の拠点がこの家だけなんだ。狭いだろうがここで我慢してくれ」

「これでも広いくらいよ」


 静乃が運び込まれていたのは千景の所有する隠れ家だった。空き家だったのを買い取り、〈裏店(うらだな)〉の人員が集まる時のために内装だけ整えたという。

 木造の二階建てで、一階に五部屋、二階に四部屋と簡素な間取りである。静乃は二階の奥に部屋をあてがってもらった。


 隠れ家は浅草の北東部に位置しており、隅田村とは比較的近いのがありがたい。

 静乃は、ときどき水鈴の様子を見に行きたいと思っていた。


「まだベッドしかないんだ。書き物をする時はさっきの部屋を使ってくれ。家具は少しずつ買い入れる」

「……休んで、いいのよね?」

「なぜ訊く?」

「灰崎の家では許可がないと休めなかったから……」


 またも千景に頭をわしゃわしゃされる。


「ちょっと、やめてってば……!」

「聞けば聞くほどお前が不憫でつらくなってくる」


 千景は穏やかな表情を見せた。


「ここには静乃を脅かすものはない。安心して眠っていい」

「……ありがとう」

「当面は非常事態が起きても今いる人員で対応する。お前はまず回復に専念するんだ」

「一日休めればもう平気よ」

「駄目だ。話を聞いた限り、お前の体は限界に達していたはずだ。一日で治るものではない」

「そうかしら。これでも頑丈な方だと思うんだけど」

「まあ、その状態でホノカガチを倒せたのだから頑丈なのは事実だろうな。だが、ここでは俺がお前の夫であり上司だ。言いつけを守って素直に療養すること」

「……はい」

「わかればよろしい。他の隊士たちもそのうち紹介するからな。仲良くしてやってくれ」


 千景は部屋を出ていった。

 ドアが閉まると、沈みかかった夕日の薄い光だけが室内に残される。

 窓から通りを覗いてみる。大通りからだいぶ離れているそうで、人はほとんど歩いていない。立地が悪いのか、近くは空き家が目立った。だからこそ千景はここを拠点に選んだのだろうが。


 灰崎家では、水鈴と母と三人で同じ部屋を使っていた。布団も三つ並べて一緒に寝ていたが、ある時期から静乃だけが狭い空き部屋に移った。夜間襲撃があった際、水鈴と母を起こしてしまうのが申し訳なかったからだ。

 あの部屋にも何もなかった。畳の匂いだけが漂い、布団が置いてあるだけだった。

 この部屋も今はベッドしかない。だが、〈裏店〉が設立されたら徐々にモノが増えていくのだろう。そう思うとわくわくしてくる。


 ……今は回復に専念、か。


 働き詰めだったいせいで、休むことに抵抗がある。呑気に横になっていていいのか。そんな不安を覚えてしまう。


 ……でも、千景さんが言うんだから。


 静乃はベッドに寝転んだ。


 静狩千景という男のことを何も知らないままに結婚すると言ってしまった。妖魔から人々を守りたい気持ちは同じだ。目標が一緒なら、そのうち理解も深まっていくはずだ。そう思うことにした。


 ……そういえば、結婚したら静狩静乃になるのかしら? 静が二つで書きづらそうね。


     ☆


 上の部屋から物音はしない。

 深夜。

 静狩千景は机に向かって書類を書いていた。実家、静狩家に提出するための文書だ。

 対妖魔特殊制圧班〈裏店〉。

 その活動方針、隊士の顔ぶれ、能力といったものを説明しなければならない。

 千景自身を除く全員が半妖だ。半妖に寛容たれ、が家訓とはいえ前代未聞の部隊編成である。家族の目は厳しい。


「くそっ……」

「筆が進まないようですねえ」


 帝都の地図に妖魔の目撃報告を書き込んでいる横田一覚が声をかけてきた。


「こんな書類はさっさと書き上げて静狩家に持っていかなきゃならん。なのに、思うように考えがまとまらん」

「千景様は静乃さんに惚れてしまったのでしょう」

「はあ? 何を言っている」

「暇さえあれば真上を見ているではありませんか。静乃さんのお部屋はこの真上でしょう?」

「……静乃とは契約を結んだだけだ。それに会ったばかりだぞ」

「ですが、今まで受けてきた仕打ちを聞いて心が揺らいでいるはずです。村を守りたいという強い想いも」

「俺は、恋愛感情など……」

「なければ、そこまで気にしませんよ」

「お前は本当にはっきり言うな」

「千景様が自分のお気持ちに気づいていないようでしたので」

「…………」


 千景は手を止めて考え込む。

 一覚の言う通り、さっきから浮かんでくるのは静乃の顔ばかりだ。

 父親の苛烈な命令によって潰されかけていた娘。

 彼女のことは、〈裏店〉設立のため都合よく利用しているだけにすぎない。そのはずなのに、あの幸薄そうな表情が頭から離れない。


 ……静乃に惚れた? 会ったその日に? 馬鹿な、俺はそんな軽い男ではない……。


 自分に言い聞かせてみても、静乃の影を振り払えない。結果、時間だけが淡々と過ぎていく。


「よし、直接確認だ」


 千景は立ち上がった。


「どうしたんです、突然」

「俺が本当に静乃に惚れたのかどうか、確かめてくるんだよ」

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