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6話 静狩千景

 灰崎家は歴史ある浄魔師の家系であると、幼い頃から言い聞かされてきた。

 その家名を汚さぬよう、確実に務めを果たすこと。

 父、久吾は機械のように同じ言葉を繰り返した。


 静乃は世間を知らない。

 物心ついた時からずっと浄魔師として鍛練を積んでいたから、街で遊んだ経験もまったくない。

 妖魔を倒すことだけが静乃の世界のすべてだった。


     ☆


「……ん」


 静乃はゆっくり目を開ける。すすけた天井が見えた。

 起き上がろうとすると、全身が痛んだ。

 狭い部屋だった。六畳と少しあるかないか。灰崎家で与えられていた部屋も狭かったが、あれよりはさすがに広い。


「意識が戻ったか。よっぽど傷が重かったんだな」


 ベッドの先に助けてくれた青年がいた。軍服姿は変わらないが、軍帽を脱ぐと暴れた黒髪が妙に色っぽい。


「ここは……」

「俺の持ち家だ。お前はここに来てからほぼ一日眠ったままだった」


 窓の外は真っ暗だ。


「俺は静狩(しずかり)千景(ちかげ)という。浄魔師なら聞いたことがあるかもしれんな」

「静狩……」


 浄魔会(じょうまえ)を束ねる六つの柱、六家(ろっか)の一つ――静狩家。知識はある。浄魔会の中でどんな役割を担っているのかも。


「わたしを始末しないの?」

「なぜだ?」

「静狩家と言えば、浄魔師を取り締まる浄魔師でしょう。わたしは半妖に堕ちたのよ。さっさと殺せばいいじゃない」

「それは父親の受け売りか?」

「そう、だけど」

「お前の父親も半妖が憎いらしいな。嘆かわしい」

「あなたは違うというの?」

「俺は半妖に寛容だぞ」

「面白くないわよ」

「ほほう。半妖に寛容たれ――これは静狩家の家訓だぞ? ダジャレだと思われたのなら心外だ」

「そ、そうなの? 知らなかっただけよ」


 この男――静狩千景のことがまだ何も掴めない。静乃は警戒を解かなかった。


「そんな怖い目で見ないでほしいな。おい一覚(いっかく)、お前からも言い聞かせてやってくれ」


 ドアが開いて、やはり軍服姿の男が入ってきた。見たところ三十前後。黒縁メガネをかけている。


「初めまして。自分は横田一覚。天狗を内に宿しております」


 あっさり言ってのけた。

 一覚は瞳を赤く光らせた。それだけで半妖だと理解させられる。


「今は千景様のもとで書類整理のお仕事をさせてもらっております」

「卑屈になるな。お前は参謀役だといつも言っているだろうが」

「こんな鈍い頭で参謀役など恐れ多い。いつも思いつきを口走る自分を止められないだけなのです」


 なんだかよくわからない組み合わせだ。


「ともかく、千景様のことは信用してもよいと思いますよ。この方は半妖を虐げる真似などいたしません。それどころか親身になって相談に乗ってくださいます」

「そうなんですね。態度が軽いから思わず生意気な口を利いてしまいました」

「そのままでいいぞ。堅苦しいのは嫌いなんだ」

「でも……」

「今さら敬語に戻られても落ち着かん」

「はい……ええと、わかった」

「ちなみに俺は二十三だ」

「今の会話のあとにそれを言うの、性格悪いわね」


 千景はニヤニヤ笑った。


「さて、本題に入ろう。俺はいま半妖を集めている。半妖だけの戦闘部隊を作ろうと思っていてな」

「そんなものが許されるの?」


 浄魔師は基本的に生身の人間だ。半妖にいい顔をする者はほとんどいない。


「表立って行動はしない。隠密部隊という立ち位置にするつもりだ。近年、妖魔もどんどん強くなっている。一般の浄魔師では手に負えない相手が現れた時、被害の拡大を止めるための部隊が必要だ」

「半妖は生身の人間より力がありますからね。静狩家ではずっと計画を練っていたそうです」

「それを実行に移せる時が来たということだ」

「でも、半妖は力と引き換えに理性を失うことがあるんでしょ。助けに行って暴走したら取り返しのつかないことになるわ」


 千景は軍服のポケットから、紫色の球体を取り出した。


「これは輝妖石(きようせき)と言って、半妖の暴走を抑える力がある」

「そんなものが……?」

「ただ、この石は主を選ぶ。百年近く認められる人間が出てこなかったのだが――」


 どん、と千景は自分の胸を叩いた。


「この俺が認められたんだ」

「だから半妖だけの部隊を作りたいのね」

「なんだか冷たくないか? もっとこう……「すごーい!」みたいな反応はないのか?」

「すごーい」

「……いい性格をしているな」

「これは見込みがありそうですねえ」


 一覚が面白そうにしている。


「わたしを助けたということは、戦力になれと?」

「それもあるが、もう一つ重大なことがある。この石は男女の力によって動くのだ」

「はあ」

「石に認められた者と、その対となる異性。二人の力が合わさることによって本来の力を発揮する。万全の状態になれば、確実に半妖の暴走を止めることができるのだ。我が家の歴史書にもそう書いてある」


 だんだん嫌な予感がしてきた。


「さっき半妖部隊を作ると言ったが、実家からは輝妖石が完全にならなければ設立は認めないと言われている。だから――」


 千景は立ち上がった。


「俺と結婚してくれ」


 いきなり指輪を差し出された。


「これは、なに……?」

「最近、帝都では結婚の証として夫婦で指輪をつけるのが流行っていると聞いてな」

「か、勝手に決めないで! そもそも半妖の女なんて探せばそれなりにいるでしょ!? なんでわたしなの!?」

「輝妖石の完全解放には、俺と同等の力を持つ半妖の女が必要なんだ」

「どうして?」

「半妖の力に干渉するんだぞ。石にも半妖の力が必要に決まっているだろう」

「日本は広いってお父様が言っていたわ。だったら、強い半妖の女も他にいるはず」

「いや、俺に比肩する女は今のところお前だけだ」

「わたし、あなたの前ではやられてただけだと思うけど」

「まだ力を制御できていないようだから言っておこう。お前は今、かなり強力な気を発している。それだけで俺は確信を持っているんだ」


 初めて、半妖の力が溢れ出していることに気づいた。静乃が意識を集中すると、霊力と妖力の混じり合った気が引っ込む。


「おお、見事に操ったじゃないか。やはり俺の結婚相手はお前しかいないな」

「じゃあわたしの名前、知ってる?」

「…………」

「相手の名前にすら興味ない男とは結婚できないわ!」

「待て、待て! 結婚と言ったが、形だけのものでいいんだ」


 静乃は黙る。


「あくまで石の完全解放に形式上の妻が必要というだけの話。夫婦らしいことなんてしなくていいし、一緒に過ごす必要もない。だから頼む、立場だけ貸してくれ。お前ほどの半妖を逃したら、次いつ巡り会えるかわからんのだ」


 ――結婚。

 静乃はその言葉を頭の中で繰り返す。


「……子供は、作らなくていいのね?」

「もちろんだ」

「お父様はわたしの結婚相手を探して、灰崎家にふさわしい跡継ぎを作れと言ってきたわ」

「そんな父親のことは放っておけ」

「あなたは普通の浄魔師なんでしょ? 半妖が怖くないの?」

「まったく怖くないな。静狩家の人間を舐めるなよ」


 立場だけ、と言われてもすぐには踏ん切りがつかない。


「心配いらん。お前の父親には俺から話をつけておく」

「わたし、家を追い出されてきたんだけど……」

「なんだと?」


 千景の目の色が変わった。


「詳しく聞かせてくれ」


 静乃はまず自己紹介をした上で、ホノカガチの力を取り込んだために半妖になったこと、それがきっかけで父親に家から叩き出されたことを話した。話の流れで、立てなくなるほど酷使されていた事情も打ち明けることになった。

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