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最終話 世界で一番幸せなわたし

 七日後。

 静乃は静狩本家にやってきていた。

 広いお座敷にはたくさんの人々が集まっている。

 静狩本家の全員と、分家の代表者、六家の家長たち、〈裏店〉の全所員、そして水鈴と母の二人。


「素晴らしいな、静乃」

「……千景さんこそ」


 静乃は鶴の羽をあしらった白無垢に身を包んでいた。

 千景は伝統に則った黒羽二重の紋付き羽織、そして袴である。いつもは荒々しい髪が、今日は丁寧に整えられている。普段でさえすっきりした顔立ちなのに、髪まで決めた千景にはまったく隙がない。その上、乱れ一つない婚礼衣装を身に纏っている。何もしていなくとも輝きがあふれんばかりだ。


 ……こ、こんな素晴らしい方と結婚するのね。夢みたい……。


 祝言は静狩家当主、時重が自ら取り仕切った。

 静乃が半妖であることはすでに列席者全員が知っている。六家の家長たちはかねてより半妖の扱いに頭を悩ませていた。それを安定化させられるのは〈裏店〉をまとめる静狩千景の存在と輝妖石の力。静乃の力によって輝妖石が解放されたことも一足先に広まっているから、彼女に対して嫌悪感を持つ者はいなかった。

 浄魔師よりも、一番落ち着かなそうにしているのは水鈴と母かもしれない。


〈裏店〉の所員たちも今日は礼装を纏っている。小毬も今日は花柄の振袖だし、一覚や一刀太、明星も見事に羽織を着こなしている。晴月、雨月兄弟はまだ服に着られている印象もあるが。


 時重の長い挨拶の大半は静乃の功績をたたえるものだった。表面では取り繕っていても、どこかで半妖を忌避する者はいるだろう。そういった者に安心を与えるには、自分たちの味方であることを実績とともに伝えるのがよい。


「――では、(さかずき)を」


 静乃は目の前に置かれていた盃を両手で持ち上げ、顔の前に運んだ。

 そして、千景に合わせて酒を飲み干す。


 たまらない幸福が静乃を包んだ。

 祝言など一生縁のないものだと思っていた。妖魔と戦い続け、いつか死んでいく。そんな未来しか想像することができなかった。

 これほどの相手に見初められ、大勢に祝福してもらい、その場に母と妹も列席してくれている……。

 半妖になったとはいえ、ここまで思い描いた通りに話が進んでいいのか。かえって心配になりさえする。


 そんな不安も、列席者の拍手によってすぐにかき消されていった。


     ☆


「お母様、水鈴、食べられている?」

「ええ、いただいています」

「ご、豪勢すぎて食べていいのか心配です……」


 列席者を交えた食事が始まった。少し時間ができたので、静乃は水鈴と母のところに行った。


「本当に嬉しいわ。あなたがこんなに素敵な祝言を挙げられるなんて。お父様が追い出してしまった時、すべてが終わってしまったのだと絶望したものよ」

「わたしも、ここまで人生が変わるとは思いませんでした」

「お姉様、とてもお顔が輝いておられます」

「そうかしら?」

「はい! あの家にいた時はいつもつらそうで……」

「……そうね」


 二人に明るい顔を見せられなくなってかなり経つ。ようやく目標が果たせた。


「苦労した分、千景様にはたくさん優しくしていただきなさい。あなたはそれくらいしていいと思うの」

「そうです。お姉様、絶対幸せになってください」

「……ありがとう。これからは家も騒がしくなるけど、よろしくね」


 静乃は席に戻った。


「なかなか家族との時間を作ってやれなくてすまなかったな。だが祝言は準備が多いものだ」

「わかってる。わたし、盃を飲み干した時、すごく幸せな気持ちになった。この瞬間のために頑張ってきたんだって思ったくらい」

「お前はまだまだ報われていい。〈虚呼〉の拠点も押さえたし、当分は一緒にゆっくりできそうだ」


〈虚呼〉との戦闘現場から霊力の痕跡をたどることで、奴らの移動経路が割り出された。そこから拠点の位置が発覚し、景達が率いる精鋭部隊によって制圧された。今は他に支部がないか調査中だという。


「また、一緒に出かけたい」

「もちろん。たまには帝都を出て観光に行くのも面白そうだ」

「わあ、素敵。そういう経験もしてみたいわ」

「俺がなんでも叶えてやる」


 得意げに笑う千景。静乃も釣られて笑顔になった。


     ☆


 祝言が終わると、列席者たちは少しずつ帰っていった。

 静狩本家は再び静かになっている。

 水鈴と母は一覚が家まで送ってくれるというので任せ、今は千景と二人きりで本家の庭を歩いている。


 今日も月が明るかった。

 五月の夜にしてはほんのりと暖かく、過ごしやすい。

 黙っていると、池で鯉が跳ねる音が聞こえた。


「俺は静乃の人生を変えたかもしれないが、お前も俺と〈裏店〉を変えてくれた。本当に感謝している」

「まだまだ貢献するつもりよ」

「ふふ、だいぶ前向きになってきたな。いいことだ」


 池の近くで、二人は足を止める。


「静乃、祝言を挙げた夜のことは知っているか」

「す、少し、小毬ちゃんから教えてもらったわ」

「そうか。だが、俺はまだそうするつもりはない」

「え? それじゃあ千景さんは納得いかないんじゃ……」

「俺はもっと静乃に、普通の幸せな生活を知ってもらってからでいいと思っている。焦ることはない」


 ……そう、なんだ。覚悟は決めたつもりだったけど……。


 今も、いつその話をされるのかと緊張していたのだ。


「ただ、同じ布団で寝たいとは思う。俺が理性的な男だということは充分証明してきたつもりだが、どうだろう」

「そうね。千景さんはいつも優しく抱きしめてくれる。これからもそうしてほしいわ」

「ありがとう」


 千景が静乃の肩に手を触れさせる。


「焦らないとは言ったが、これだけはどうしてもしておきたいな……」


 普段より少し甘い、ささやくような声。静乃は体が熱くなるのを感じつつ、その気持ちには応えたいと思った。


「千景さんの方から、来て」

「わかった」


 千景が顔を寄せてくると、静乃は目を閉じた。

 唇が触れ合う。

 静乃は千景の腕を強く握った。

 吐息が絡まる。


 ……すごく、幸せ……。


 涙がにじみ、頬を伝った。


 これからもこうして、千景と一緒にたくさんの幸せを知っていきたい。


 静乃は強く思った。


 今夜、世界で一番幸せなのは、きっとわたしだ――。




〈完〉

本作はこれにて完結です。第一部っぽく、二部に続きそうな感じではありますが。

いったん完結設定にしますが、続きを思いついたらいつかまた書いてみたいです。

この欄の下にある星マークで評価をつけていただけるとすごく嬉しいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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