34話 あるべき場所に
〈裏店〉の一隊は荒川を越えて北上し、途中にある支流をたどった。そこからは森の中で、晴月の案内に従って進む。
月明かりが強く、前を行く千景の背中がはっきり見える。
――同族の気配がするぞよ。
静乃の体に宿る白蛇様が言った。
――相手は蛇の妖魔ということですか?
――おそらくな。我と違い、完全に闇に呑まれておるようだ。邪念だけが漂っておる。
――助けられますか?
――無駄であろう。もう妖力に乗っ取られておる。楽にしてやることが一番の救いとなろう。
静乃はみんなに声をかけ、白蛇様の言葉を伝えた。
「妖魔の元になった声が聞こえるなんてすごいですねえ。あたくしなんかさっぱりですよ」
「ま、奥様と戦った妖魔が特別だったんだろ。俺らは妖力が固まっただけの妖魔を取り込んでるんだ。元の存在なんてない」
「静乃と一緒に輝妖石を解放できたのはそれが大きそうだ」
千景は軍服のポケットから輝妖石を取り出す。
「お前たち、この石がある限り暴走はありえない。全力を出していいからな」
はい、と全員が答えた。
やがて泉にぶつかった。
綺麗な円形の泉で、周辺は枝葉が濃い。落ち葉もたくさん浮かんでいる。
「全員、横並びに展開しろ。霊力で刺激して叩き起こす。ただし明星は後方で銃を構えて待機。出現したらすぐに銃撃しろ。小毬も後退は素早くな」
「了解っ」
「了解しました……」
「静乃は俺の横だ」
「わかった」
明星以外の全員が泉の際に立った。
強力な妖魔の討伐が始まる。静乃は覚悟を決めた。
自分の人生を狂わせた大元はここにある。結果として千景に出会えたが、そこまでの苦しみが長すぎた。
――借りは返す。見てなさい。
「霊力――解放!」
全員が霊力を解き放つと、地響きが起きた。水面が泡立ち、噴水のように立ち上がる。
水が消えると妖魔の顔があった。
五つの頭を持った巨大な蛇であった。
牙は長く目は赤く光っている。目の大きな鱗に覆われた体はどす黒い。
「魔淵蛇黒……! こんな大物が眠っていたのか……!」
「やべえっすよこいつは! 一等級どころじゃねえ、伝承級の妖魔じゃないっすか!」
蛇神になれず、妖力に蝕まれて穢れた蛇。
一等級を超える力を持つ妖魔は伝承級と呼ばれる。静乃はそんな相手と対峙しているのだ。
マエンジャクロが甲高い叫び声を上げる。耳を塞がなければ耐えられない。
全員が怯んだところに攻撃が来た。五つの頭が振り回され、一刀太と雨月が吹っ飛ばされる。
「野郎、俺がおとなしくひれ伏すと思うな!」
一刀太は即座に起き上がって反撃する。巨大な野太刀を振るうと、刀身が一気に伸びて鞭のようにしなり、相手のあごを切り裂く。
「俺に憑いたのは鉄柔って妖魔でなあ、金属を自在に操ることができるんだぜぇ!」
一刀太が頭の一つを引き受けた。
他の頭が襲ってくる。
――白蛇様、力を貸してください!
――よかろう。堕ちた同族を救ってくれ。
静乃は蛇の鱗を腕に宿し、相手の攻撃を受ける。反撃の拳を連続で打ち込むと、一撃ごとに閃光が炸裂した。白蛇様の霊力だ。
「俺も後れは取らん……!」
横で千景も戦っている。日本刀とサーベルの二刀流でマエンジャクロの頭を切り刻む。
一覚は刀を、晴月、雨月は小太刀をそれぞれ持って、三人で頭の一つを相手している。
一刀太も互角に渡り合っている。
残り一つ、誰かの隙を狙おうとする頭は、明星が的確な狙撃で足止めする。
完璧な連携が取れていた。
……わたし一人なら、一つの頭しか相手にできなかった。見つけてもきっと負けていた。でも、〈裏店〉のみんなと戦えば伝承級だって怖くない!
マエンジャクロを押し返している。あとは水面下にある胴体ごと消すだけだ。
――お主、我が力をまだ残しているであろう。
――炎のことですか?
――いかにも。それをあやつの刀に宿してみてはどうだ。
静乃には、白蛇様がどこを見ているか自然とわかった。千景だ。
――炎の刀で真ん中の首をはねてやれ。さすれば体は元に戻らぬ。
――やってみます!
相手の顔を殴り飛ばすと、静乃は千景の横についた。
「千景さん、真ん中の首を断ち切れば再生できないみたい!」
「そうなのか! だが、鱗が硬すぎるぞ!」
「わたしの炎を刀に送るわ! 二人でとどめを刺すの!」
「夫婦の共同作業というわけだ。乗った!」
「はいっ!」
静乃は千景の背中に両手を当てて霊力を送り込む。
――仲睦まじきは良きことよ。
こんな状況でも白蛇様はしみじみ言う。
――この大切な人を失わないように、勝ちます!
「炎が宿った……。これならいける」
千景はサーベルを地面に刺して、日本刀を両手で持つ。刀身では橙色の炎が激しく揺れている。
静乃が追い出されるきっかけとなった橙色。それが、今度は未来を切り開く。
「マエンジャクロ――あるべき場所に還って、静かに眠るがいい」
千景が振りかぶった。〈裏店〉の全員が距離を取る。
炎の一閃がマエンジャクロの真ん中の首を断ち、水中の胴体にまで深い傷を入れた。残った四つの頭が暴れ狂う。
「斬っただけでは足りんか! 護符を……!」
「わたしが行く!」
静乃は迷いなく水上へ跳んでいた。
袴が濡れるのも気にせずマエンジャクロの胴体に乗り移ると、切断された首に護符を貼りつけた。
「終わりよ――あるべき場所に還りなさい」
いつもの言葉。いつもの祈り。
静乃の霊力によって、マエンジャクロの巨体が光の粒に変わっていく。
「奥様! 手ェ伸ばしてくれー!」
一刀太が刀を伸ばしてくれた。刀身が丸くなっており、切れないよう気をつかってくれている。
静乃は金属の棒と化した刀に掴まり、岸辺まで引っ張ってもらった。首まで水に浸かっているが、この勝利の前ではまったく些末な問題だった。
「静乃、ここだ」
千景が手を伸ばして待っている。
「千景さん――」
「よくやってくれた。やはり静乃は、俺の自慢の妻だ」
「ふふ、今日は素直に受け止められる気がするわ」
静乃が答えると、千景は爽やかに笑ってくれた。




