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3話 休みなき日々

「またゴウマか……。一体どうなっておるのだ、ここしばらくの襲撃は」


 灰崎家の執務室で、静乃は父の久吾と向き合っていた。机の向こうに座る父は、静乃の顔を見ようともしない。


「まあ、おかげで灰崎家の討伐実績はどんどん上がっている。悪いことばかりでもないがな」

「あの、お父様……」

「なんだ」

「灰崎班の人員はどうなっているのでしょう。最近、入れ替わりが激しいように思えるのですが」

「お前が気にすることではない」

「ですが、わたしの知らないところで死傷者が出ているなどということは……」

「くどいぞ! お前は私の言う通りに妖魔と戦っていればよいのだ!」


 机を叩く久吾に、静乃はもう何も言えない。


「午後は巡回に当たれ。襲撃が起きたらすぐに制圧しろ」

「……承知いたしました」


 静乃は一礼し、執務室を出た。

 父のいる執務室は離れを改築したもので、本邸から吹きさらしの廊下を抜けて入る。灰崎家の本邸は昔ながらの大きな木造屋敷である。


「お姉様……」


 縁側を歩いていると、障子が開いて妹の水鈴が出てきた。母の冬子も一緒だ。二人とも着古したような着物を身につけている。


「静乃、少し休めるのよね」

「いいえ。これから巡回に当たります」

「また叩き起こされたのでしょう? ゆうべだって遅くに帰ってきたじゃない。ろくに寝ていない体では持たないわ」

「平気です。浄魔師は頑丈だもの」

「お姉様、無理をしないで。少し休むくらい、お父様だって……」

「水鈴、あなたは何もわかっていない」


 厳しく言うと、水鈴が固まる。


「妖魔の襲撃が増えているの。このままでは灰崎家の管轄内で取り返しのつかない事件が起きるかもしれないのよ。その責任を取るのはお父様。わたしたちもタダでは済まない」

「で、でもお姉様、顔が真っ白です……」

「早起きしたから自然なことよ。とにかく、わたしは巡回に出るから」


 通り過ぎようとした時、水鈴がつぶやいた。


「ごめんなさい」

「……なに?」

「わたしにも浄魔師の才能があったら、お姉様をこんなに苦しませなくてよかったんですよね。全部、わたしに力がないからいけないんですよね……」

「……人には得手不得手(えてふえて)があるわ。これは生き死にに関わるお仕事。力もないのに妖魔と戦って死ぬなんて、そんな無意味な話はないわ。あなたは裁縫が得意でしょう。できることをすればいいのよ」

「……ごめんなさい」

「謝らないで。水鈴が優しい妹になってくれて、わたしはとても嬉しいのだから」


 水鈴は十五歳。もう人間関係を理解できる歳だ。

 自分の分まで姉が働かされていること、そのおかげで自分が家を追い出されずに済んでいることもわかっているのだろう。


「お母様も、事務整理のお手伝いをお願いします。お父様、また書類を散らかしていましたから」

「わかったわ」

「では」


     ☆


 静乃は灰崎家を出て、少し歩いたところの木立に入った。木の陰に入ると、膝を突き、やがてうずくまった。


「ううっ……はあ、はあ、はあ……」


 絶え間ない激務は、静乃の体を確実に蝕んでいた。

 直接受けた傷はもちろん、めまいや吐き気も明らかに増えた。


 ……お母様と水鈴を守れるのは、わたしだけ……。


 使用人たちが久吾に反抗できるはずもない。今は、浄魔会隅田村分室の室長である父親の言う通りに任務を遂行するしかないのだ。


「ごほっ、ごほっ……」


 吐き出したつばに血が混じった。


 ……肺腑にまで衝撃が届いたのね。万全ならゴウマなんて問題なく倒せるのに……。


 いつ終わるともしれない妖魔の襲撃。

 このまま潰れるまで父親に使い尽くされるのか。

 静乃は絶望を感じながら立ち上がり、ふらふらと往来へ出ていった。

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