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29話 過去がつないでくれた

「伊崎さんは静狩家が管理する浄魔師の共同墓地に眠っている。今も機会を見ては手を合わせに行くんだ」

「千景さんはそんな経験をしていたのね……」


 千景が自分の力で座れるようになったので、静乃は向き合って座っていた。


「じゃあ、リンゴが苦手というのは……」

「あのとき食ったリンゴそっくりの果物を思い出してしまってな……なぜか具合が悪くなってしまうんだ」

「それだけつらい出来事だったのよ。わたしが――」

「余計なことをしたばっかりに、か?」

「ひ、人の言葉を取らないで」

「知らないものはどうしようもないんだ。先に言っておかないと静乃はすぐ自分を責めるからな」


 はっきり言われてしまい、静乃はうつむくしかできない。


「……その、伊崎さんという人のおかげでわたしも救われたのかもしれないわね」

「静乃だけじゃない。〈裏店〉ができたのも、今いる仲間たちを集められたのも、みんな伊崎さんのおかげさ」


 千景が体を寄せてくる。静乃は拒まず、抱きしめられるままになった。


「〈裏店〉の隊士は路頭に迷っているところを拾った。だが、お前だけは違う。半妖に堕ちて追い出されたところを見つけた。優しいのに報われない。俺は不思議と伊崎さんを思い出したよ」

「……気のせいよ」

「そうかもしれない。だが、本当に出会えてよかった」


 布団から出てきた千景は熱かった。静乃はそれを黙って受け入れる。何度このぬくもりに救われたかわからない。それも、千景が半妖を助けたいという想いを持っていなかったら感じることのなかったものなのだ。静乃は何も言わず、伊崎飛夕に感謝を捧げた。


「そろそろ寝た方がいいわ。はい、お布団かけてあげる」

「すまんな」


 千景が仰向けになったので、そっと布団をかける。


「妻に看病してもらうのも悪くない」

「早くよくなってね。〈裏店〉のみんなも心配するわ」

「俺は静乃に一番心配してもらいたい」

「よくわからないことを言わないでちょうだい。ちゃんと心配してるわ。小毬ちゃんからあなたが寝込んだって聞いた時は血の気が引いたんだから」

「その顔も見てみたかったな」

「もうっ、すぐからかう……!」


 つん、とそっぽを向いてみる。千景は「わっはっは」とわざとらしく笑った。


「気を悪くしないでくれ。お前はからかい甲斐があるんだ」

「褒められている気がしないわ」

「いい性格だと思うぞ」

「むー……」


 たびたび思うのだが、千景のおもちゃにされている気がする。寝込んでいてもそれは変わらないのかと静乃は負けた気分になった。


「まあ、安心しろ。明日にはちゃんと〈裏店〉へ出る。仕事に戻ったら引き続き〈虚呼〉を追うさ」

「ええ。わたしも協力するわ」


     ☆


「千景様とは上手くお話しできましたか」


〈裏店〉の会議室へ行くと一覚が千景の席について書類を読んでいた。


「はい。一覚さんは昔のお話を聞いたことありますか?」

「聞いています。伊崎飛夕さんのことですね。静乃さんも教えてもらいましたか」

「丁寧に話してくれました。伊崎さんがいたから今のわたしがあるんだなって……」

「千景様に歩む道を決めさせた男ですからね。輝妖石は解放され、〈裏店〉も静狩本家に認められ、あとは成果を上げるのみ。もしも我々の手で〈虚呼〉を倒すことができたら、本当の意味で伊崎さんも報われることでしょう」


 そう聞かされると身が引き締まる。


「一覚さんはどうやって千景さんと出会ったんですか?」

「私は以前から浄魔会所属の浄魔師でして、千景様とは任務で一緒になりました。妖魔に傷を負わされて川に落ちた私を千景様が助けてくださったんです。その時、妖力を取り込んでしまったことに気づいて逃げようとしたのですが、千景様が「俺が居場所を作ってやる」と言ってくださったんですねえ」

「それが〈裏店〉……」

「あれも二年前ですか。気づいたら人数も増えてきました。私に静乃さん、小毬さん、一刀太くん、明星くん、雨月くん……」

「雨月くん? もしかして黒い装束を着込んだ男の子ですか?」

「お会いしていましたか。彼は〈裏店〉の諜報を担当してくれています。それぞれ得意分野を持って活動できていますし、この顔ぶれであれば大仕事もできると信じています。私も千景様と同じく、静乃さんの力には期待しておりますよ」


 静乃はくすぐったい気分だった。父から「期待」という言葉をかけられたことがなかったから。ここでは経験したことのない温かい言葉をたくさんもらえる。

 とはいえ、結果を出さなければ組織として認めてもらえないだろう。


 ……わたしも、絶対に貢献しなきゃ。

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