25話 お買い物
静乃は一人、午後の街に繰り出した。
今日は浄魔師の正装、小袖に袴だ。またブラウスやスカートも着てみたい気持ちはある。
……お財布、持っていないのよね。
父から給金を受け取ることはほぼなかった。恐る恐るお願いして少しだけもらうような形だった。そのわずかな小銭を握りしめて村の商店へ行き、水鈴の喜びそうなお菓子を買ってきたものだ。
財布すらないとは小毬も思っていなかっただろう。今日は小袖の内側に封筒をしまって持ち歩いている。
……千景さんの好きなもの、訊いておけばよかった。カフェーのコーヒーは持ち帰れないし……。
広い通りに出ると、人の邪魔にならないよう気をつかいながら歩いた。
夫婦なのか恋人なのか、寄り添った男女を何組か見かけた。この前は、静乃もああして千景に手を引いてもらったのだ。それを思い出すと胸が温かくなる。
……わたしは一人じゃない。
何よりもその事実が大切だった。
大通りの店は種類が多すぎて、どこから見ればいいのかすらわからない。立ち止まってキョロキョロする。雑貨屋が目についた。〈津島屋〉という看板の右下に浄の文字が○で囲ってある。あれは浄魔師専用の商品を扱っている印だと教わった。
静乃は勇気を出して津島屋の扉を開けた。静かな雰囲気の店で、筆記具から首飾りまで様々な小物が置いてあった。
……ぶれすれっと? 腕につけるものなのね。おしゃれでかわいい。でも千景さんにはあまり似合わないかしら……。
商品を一つ一つ見て回る。会計に立っている店主はじっと下を向いているので気が楽だ。
……勾玉の、ぺんだんと。透き通っていて綺麗……。
青色に澄んだ勾玉のペンダントから目が離せない。静乃の常識から考えれば少し高いが、給金が入った今なら余裕を持って支払える。
……こっちなら千景さんにも合いそう。嫌なら服の中に隠せるし……。
あれこれ考えているうちに、自分もほしくなってきた静乃だった。
……そうだ。二人でおそろいのぺんだんとをつけるのはどうかしら。形式上は夫婦なんだし、同じものを身につけるのはおかしくないわよね。
じーっとペンダントを見つめた末に、静乃は二つ手に取った。
「これをお願いします」
「その袴……お嬢さん、浄魔師かい?」
「え、ええ」
「だったら同じものでもこっちの方がいいよ」
店主が別の台に案内してくれる。同じ勾玉のペンダントだが、かすかに霊力を感じた。
「浄魔師のお守りなら霊力の宿ったものの方がいいでしょう。うちは浄魔師さんの道具も扱ってますからね。どんなもんでしょう」
さっきより値が張るものの、浄魔師向けと言われればやはりこちらを選びたくなる。
「では、これを二ついただけますか?」
「承知いたしました」
代金を支払うと、静乃は店を出た。紙袋を小脇に抱えて深呼吸する。
千景のための買い物をした。あとは渡すだけ。
……これで、喜んでもらえればいいけど。
心配なのはその点だ。
早くも来た道を引き返そうとするが、途中で和菓子店に入った。ここは以前、小毬が話題にしていたので情報を持っている。
「このお団子をください」
村の商店と同じ手順で頼めたので早かった。〈裏店〉で出会った全員の分を買って袋に入れてもらう。
今度こそ帰ろう。静乃は寄り道というものをしたことがない。目的のものが手に入ったらまっすぐ帰る性分である。
しかし、今日は違った。通りの向こうにある文房具屋が目にとまったのだ。
自動車が行ったのを見て道路を渡り、店に入る。紙と墨の匂いが広がった。中を見ていくと、西洋式の万年筆が並んでいた。
……千景さんは書類を書いていることが多い。予備で、と言えば持っていてくれるかも。
つややかな黒の万年筆。静乃は自分で持ってみて、感触を確かめた。その上で会計してもらう。ペンダントと同じ袋に入れて、今度こそ帰ろうとして――
「くだもの……」
隣の果物屋で足を止める。霊力の冷気で冷凍保存しているというリンゴが目をひいた。
……体調がよくない時、よくトネさんがすりリンゴを作ってくれたのよね。あれは甘かったなあ……。
静乃はさほど迷わずリンゴを三つ買った。帰ったらみんなで分けて食べよう。
今度という今度は目移りせず、帰り道に入ることができた。
〈虚呼〉の連中が接触してくることもなく、平和な時間だった。
「あら?」
ふと横を向くと、誰かが塀の陰に隠れた。
……小毬ちゃん。
見覚えのあるリボンと背中だった。
……やっぱり、陰から見ていてくれたのね。
声をかけるのは無粋だ。気づかなかったことにして、静乃は〈裏店〉を目指した。