22話 仲間のいる幸せ
「お疲れ様でした。敵は釣り出せましたか?」
「そこまでは上手くいったが、拘束した後にしてやられた」
〈裏店〉の拠点に帰ってくると、横田一覚が出迎えてくれた。会議室のすみっこでは小毬がイスに座ったまま眠りに落ちかけていた。
「では、デートの方は」
「そちらはとても楽しめた。だが、やはり仕事と無関係の時に行きたいものだ」
千景が正直に報告しているので静乃はそわそわする。
「静乃さんはいかがでした?」
「わ、わたしも楽しかったです。作戦が上手くいっていたらもっといい気分で帰ってこられたと思うんですが……」
「しかし、〈虚呼〉と接触できたのなら一歩前進です。奴らはなかなか姿を見せませんから」
「相手にはわたしの情報がもう伝わっているみたいです。名前を呼ばれて、半妖だとも言われて」
「ふむ。ずいぶん詳しいようですね」
「横田さんは〈虚呼〉についてよく知っているんですか?」
「私のことは名前で呼んでくれないのですねえ」
「あっ、ごめんなさい」
千景が一覚を横からつつく。
「細かいことを気にするな。特別扱いされるのは俺だけでいい」
「本当にはっきりおっしゃいますね。別に静乃さんを横取りしようなんてまったく思っていないのに」
「わざわざそういうことを言うな。疑ってしまうだろうが」
「千景さん……わたしたちは仲間だし、一覚さんと呼んだ方がそれらしいと思うんだけど……」
千景はため息をついた。
「まあ、一覚に機嫌を損ねられても困るからな。そのくらいは認めてやるか」
「やれやれ、厳しいお方だ」
「それで一覚さん、〈虚呼〉のことですけど……」
「私もそこまで詳しいわけではありません。妖魔を操る研究をしていて、海外から怪しげな機械や薬を輸入しているという噂もあります」
「じゃあ、あれもきっと……」
「あれ?」
静乃は、面布の男が謎の球体を握りつぶしたことを話す。それに呼応するようにドロシズリが水路から現れた。
「妖魔を呼び寄せる何か、ですね。敵の扱う道具についても情報が少ないのですよ。後手後手で情けない限りですが」
「本来であれば本部が片づけるべき仕事だがな。〈裏店〉は危険度の高い妖魔を討伐するために作ったんだ。組織犯罪を相手にするつもりはなかった」
「でも、わたしは勧誘された。敵に存在を知られている以上、無関係ではいられないわ」
「そうだな。〈裏店〉も可能な限り本部――景虎の部隊を支援する」
「かげ……ええと」
静乃は迷った。千景がジトッとした目を向けている。
「……景虎の部隊が対〈虚呼〉の中心になっているのね」
「そういうことだ」
千景がニッコリした。景虎へのくん付けが本当に心の底から嫌だったことがよくわかった。
……弟のことになると余裕がなくなるのね。それはそれで面白いかも。
もちろん本人には言わない。
「隅田村はどうなっているの?」
「定時連絡を受けている。一覚、変化はあったか」
「今のところはありません。灰崎久吾が新たに一人、浄魔師を屋敷に呼び込みました。変化はそのくらいです」
「お父様が?」
静乃の代わりを雇ったばかりのはずだ。
「新入りは力不足だったのでしょう。さらなる戦力の増強を図っているようです」
「誰にも静乃の代わりなど務まらん。お前ほど接近戦に特化した浄魔師は他にいない。唯一無二の存在を手放したことを後悔すればいいさ」
千景は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「人は変わるものですねえ」
「なにがだ?」
「千景様のことですよ。正直、こんなに表情がコロコロ変わる方だとは思いませんでした。静乃さんが来られるまではいかにも冷静な仕事人という印象だったのですが」
「…………」
そういえばそうだ、と静乃も思った。出会ったばかりの千景は使命のことしか考えていなかったはずだ。だからためらいなく結婚の話を持ち出してきた。それが数日でこれだけ変化している。
「……輝妖石を解放した代償だな」
「惚れた弱みではなく?」
「うるさいぞ。俺が笑って〈裏店〉に悪影響があるか?」
「ありませんよ。ただ、その返しはいささか子供っぽいですねえ」
「むぐっ……」
「恋愛は人を童心に帰してくれる。また一つ、学びが増えました」
「くっ、俺が子供っぽいとは。静乃は恐ろしい女だ……」
「人のせいにしないでほしいんだけど……」
ふふっ、と笑い声がする。いつの間にか起きていたらしい小毬が三人を見て楽しそうにしていた。
「なかなか愉快な会話をしておられますねえ。こういうのなんて言うんでしたっけ?……ああ、そうそうチームワーク。〈裏店〉のチームワークはばっちりですね!」
静乃は千景と一覚を交互に見た。
そして、思わず笑ってしまった。釣られたように二人も笑い、小毬も一緒にはしゃいでみせた。
……楽しい。
静乃は新たな喜びを噛みしめる。
……これが仲間のいる幸せ。誰かと一緒に笑える幸せ。
また一つ、静乃は大切な気持ちを知った。