21話 お互いの不安
「俺の他にも半妖を集めている奴らがいるとは。厄介な話になってきたぞ」
表通りに向かって歩きながら、静乃はあの男から聞かされたことを千景に伝えた。
「もしかしたら、仲間になった半妖もいるのかも」
「俺がいくらでも面倒を見てやるのになあ」
千景がぼやく。その言葉に、静乃は少し引っかかりを覚える。
「どうした、急に黙り込んで」
「な、なんでもないわ」
「あるだろう。お前はすごくわかりやすいからな」
足を止め、千景が顔を寄せてきた。静乃は恥ずかしくなって身を引くが、すぐ民家の塀に当たって逃げ場を失ってしまう。
「さあ、気になることがあるなら遠慮なく言え」
「ち、近いってば……!」
「このくらいしないと静乃は何も言わないからな。言うまで離れない」
「う、うう……」
千景は髪型こそ野性味あふれる形だが、顔そのものは端正なつくりだ。間近に迫られると嫌でも心臓が高鳴る。
「あ、新しい半妖の女の子が入ってきたら、千景さんはそっちにも優しくするんでしょ?」
「ははあ、なるほど。俺の一番でなくなるのが不安か」
恥ずかしすぎて溶けそうだが、静乃はこくっとうなずく。
「優しくはするだろうがある程度の距離は取る。ここまで近づきたいと思うのは静乃だけだ」
「ほ、本当? わたしより美人で器量のいい女の子はたくさんいるだろうし……」
「いいや、俺は静乃がいい。静乃じゃないと嫌だ」
きっぱり。
「俺は静乃に出会えて、やっと理想の女と巡り会えたと思ったんだ。もし他の女に心奪われるようなことがあったら腹を切る」
「そ、そこまではしなくていいけど!」
静乃はどうしても不安になるのだ。ただの浄魔師であり、世間のことを何も知らない娘。新しく花開いた文化も知らず、友達にも色恋沙汰にも縁がなく、戦いに身を起き続けた味気ない人生。こんな人間をいつまでも好きでいてくれるものだろうか。
「お前は自分を低く見すぎている」
顔を離さないまま千景が言う。
「だからいつか、できる半妖の女が現れた時、あの人の方が千景にはお似合いだなどと考えて勝手に身を引いていくのではないかというのが俺の不安だ」
ギクッとした。自分ならやるだろうと簡単に想像できてしまう。
「静乃、俺は間違いなく自分の意志でお前を選び、そして好きになった。順序はおかしいかもしれない。だが愛しているのは本当だ。静狩千景の妻には、もっと堂々としていてほしい」
「す、すぐには無理よ……」
「慌てなくていいさ。お前の過去は簡単に振り払えるものではないとわかっている。それでも、出自に後ろめたさを感じず俺の横に並んでくれる日を待っている」
「……頑張ってみる」
「今はそれで充分だ」
お互いが気持ちをはっきり言葉にした。そのおかげか、静乃の心を覆っていた不安が軽くなった気がした。
――やっぱり、わたしはこの人のことが好きなんだ。離れたくないって思ってる……。
胸の前で両手を合わせた。そこに、千景が手を重ねてくる。
「また、つないで行こう」
「……ええ。お願い」
☆
「千景兄様、お疲れ様です。静乃さんもご協力ありがとうございました」
表通りに出て少し歩くと、自動車が止まっていて横に景虎が立っていた。白シャツにチョッキ、ズボン姿だ。シャツが少し大きめで手が半分隠れている。不意打ちされたとき戦えるのだろうかと静乃は心配になる。
「奴はどうした?」
「それがですねえ、呪いをかけられていたみたいでして」
「……死んだのか」
「はい」
口封じ。〈虚呼〉は仲間の死すらなんとも思わないらしい。
「許せないわ……」
「そうだな。絶対に壊滅させなければならん」
「車に乗せるところまでは順調だったんですが、座らせた途端、体に呪紋が浮かび上がりましてね。おそらく監視の術者が近くにいるはずなので、部下に周辺を探らせています」
「景虎くんは隊長なの?」
「そうですね。えへへ、貫禄なさすぎてお飾りの隊長にしか見えないかもしれませんけど」
「静狩家の人間は組織行動について徹底的に叩き込まれる。こんなことを言っているが指揮の腕は確かだ」
「兄様に褒めていただけるのは嬉しいなあ」
捕縛した相手が死んだのに、景虎の雰囲気はほんわかしている。だが、腹の内がまるで読めず、これも鎧の一種かもしれないと静乃は思った。
「俺たちは拠点に帰るが、何かわかったら教えてくれ。俺も後で情報をまとめて送る」
「お願いします」
「ところで静乃、景虎くんはやめろと言わなかったか?」
「そうだったわね。でも、本人を見ると「景虎くん」としか思えないのよね……」
「景虎でいい」
「そんなあ。兄様じゃなくて本人の意志を優先してくださいよ。ぼくは景虎くんって呼ばれたいです」
「認めん」
千景と景虎が睨み合う。謎の緊張感が漂った。
「あ! 浄魔師の景虎くんよ!」
「ほんとだ! 今日もかわいい!」
通りすがりの若い女性たちが景虎を見て声を上げる。
「景虎くん、お仕事頑張ってね!」
「いつも守ってくれてありがとう!」
「いえいえ、皆さんもお勤めご苦労様です」
景虎がニコッと笑いかけると、女性たちは「きゃーっ」と大騒ぎする。
「よかったな。くん付けしてくれる女がたくさんいるじゃないか」
「静乃さんは特別な立場ですから静乃さんにも同じようにしてもらいたいです」
「逆に呼び捨ての方が特別だろう」
「む。言われてみれば確かに……」
景虎が悩み出すと、千景はしてやったりの表情を浮かべる。仲がいいやら悪いやら。
「景虎くんは女性に人気があるのね」
「こいつは浄魔会の広告塔でもある。浄魔師の活動を市民に認めてもらうには、人受けのいい奴に宣伝してもらうのが一番効果的だからな」
「アプローチが多くて疲れちゃいますよ」
景虎は苦笑する。その表情すら柔らかくて嫌味がない。
通りの向こうから浄魔師と思われる男たちがやってくるのが見えた。
「おや、みんな帰ってきたかな。あの感じだと見つからずじまいか……。兄様と静乃さんは離れた方がいいかもしれませんね。静乃さんが半妖だってことはまだ静狩家と〈裏店〉の人間以外知りませんから」
「そうだな。じゃあまた」
「呼び方については今度三人で協議しましょう」
「しつこい奴だな……。まあ、食事くらいは一緒にしてやる」
「ありがとうございます。静乃さん、お気をつけて。千景兄様をよろしくお願いします」
「わたしこそ、迷惑をかけないように頑張るわ」
景虎と別れて、最初に来た通りへ戻る。広場のロータリーという場所で待っていると、幽貴の運転する車が入ってきた。
静乃と千景は車に乗り込み、〈裏店〉の拠点へ向かった。
「楽しめましたか?」
幽貴が訊いてくる。
「ああ、有意義な休日だった」
「わたしも同じです」
二人で笑うことができた。