18話 洋装でお出かけ
「ただいま戻りました~! シズシズのお洋服を買って参りましたっ!」
明星と一刀太が出ていってしばらく経った頃、小毬が会議室に入ってきた。
「ブラウスとロングスカート、そしてリボン! 静乃さんにはこういう清楚な格好が似合うと思いましてね」
「いいぞ小毬。やはりお前の感性は信頼できる」
洋服を見て千景は嬉しそうにしている。
「ちょうどこれからデートするところでな。せっかくだから洋服で行こう」
「デートですか! いいですねえ」
「上手く着られるかしら……」
「ご安心を! 小毬にすべてお任せください! はいこっち~」
「わわっ」
静乃は隣の部屋に引っ張り込まれた。和装を解いて、小毬にブラウスとロングスカートを着せてもらう。
「洋服はボタンなんですよ。こうやって留めてってください」
「えっと、こうね」
ボタンを留めて、紺色のリボンを胸元につける。
「ひゃあ、お綺麗! これは街の男どもが放っておきませんなあ」
「……声をかけられても困るだけよ」
「そこは千景様がしっかり止めてくれるはずです」
「これ、いただいていいの? わたし、全然お金を持っていないんだけど」
「プレゼントです。贈り物って意味ですよ。もらっといてください」
「でも……」
「あたくしの父親は海運業の社長をやっておりましてね、こういうものは安く手に入れられるんです」
さらっとすごいことを言う。
「小毬ちゃんは社長令嬢ってこと?」
「末っ子ですけどね。兄と姉が一人ずついます。一番浄魔師の才能あったのがあたくしだったんで、お父さんはホッとしたとか聞いてますねえ」
立場ある人間の子供は政略結婚の駒になりうる。その点、末っ子なら浄魔師になっても影響はないし、社会にも貢献できる。理想的な形と言えた。
「商人は六家との交流もありますから、あたくしが半妖に堕ちた時も静狩家が出てきてくれたおかげで放逐されなくて済みました。千景様のおかげです」
「やっぱり、半妖になるとその危険があるのね……」
「そりゃ、いつ暴走するかわからない存在ですから嫌われますよ」
あらためて、自分の立場を思い知らされる。
「ま、千景様の輝妖石が解放されたんでこれからは大丈夫です。恐れることはありませんよ。それもこれもシズシズが来てくれたおかげです」
「……うん」
素直に受け取っておくことにした。
「さあさあ、千景様とゆっくりしてらっしゃいませ!」
「お、押さないで……!」
会議室に戻ると、千景の姿も変わっていた。
白シャツに黒のコート、細身のズボン。洋装である。黒髪もいつもの荒々しい跳ね方ではなく、束感がある。
……か、かっこいい……。
顔が熱くなった気がして、静乃は思わず自分の頬に手をやった。
「静乃、綺麗だ……」
千景がうっとりしたように言う。
「千景さんも、すごく素敵です」
「どうした、急にしおらしくなって。洋装は落ち着かないか?」
「そ、そうね。初めての格好だから」
「俺もあまり慣れていない。どうもムズムズするな」
二人で顔を見合わせ、同時に苦笑した。
「まあ、新しい文化の波が来ているんだ。俺たちも遅れずに乗っていこう」
「がんばってついていくわ」
「その意気だ」
一覚と小毬に見送られて〈裏店〉を出る。
近くに駐車場があり、黒い自動車が待機していた。
「幽貴、今日もよろしく頼む」
「お任せを」
幽貴に運転を任せ、静乃と千景はうしろに乗る。
木造建築の多い地区から、煉瓦造りの家が建ち並ぶ通りへと出ていく。
「幽貴さんも半妖に襲われたの?」
「ええ。自分は兎牙突という妖魔の不意打ちを受けました。六等級の妖魔ですから情けないですね……」
静乃も半妖になる前にトガツキを一体仕留めたところだった。
「俺は手の届く半妖を守りたい。だから幽貴にも〈裏店〉に入ってもらった」
「浄魔師として食えなくなるところでしたから本当にありがたかったです」
こうして千景に居場所を作ってもらっている人もいるのだ。静乃も意識していれば半妖の印である瞳の光が出ないとはいえ、表社会では気の抜けない生活を送ることになっただろう。それを気にしないで眠れるのはやはり千景のおかげなのだ。
「何かおかしいか?」
「え?」
「笑っているから」
静乃は視線を逸らした。
「嬉しくて、勝手に笑ってしまっただけよ」
「その中身を聞かせてくれ」
「……ち、千景さんのことをどんどん知れるのが嬉しいってこと」
気持ちを説明させられることほど恥ずかしいことはない。
「ははあ、静乃も少しずつ俺に惚れてきたか」
「なっ、なんでそうなるの!?」
「俺に興味がなければそんな反応にはならないだろう」
「うう……」
千景とは契約結婚のはずだった。しかし、なぜか「お前に惚れている」と言われてしまい、一緒に寝ることもしている。
輝妖石のために利用されるだけではなかったのか? 解放の条件に合うから選ばれたに過ぎない。
そんな認識がガラガラ崩れ去っていく。
ベッドではあんなに慎重な千景が、明るい場所では遠慮なく攻めてくる。恋愛と無縁の生活を送ってきた静乃には刺激が強すぎた。
……でも、楽しい……。
千景の言葉にドキドキするのも、全身が熱くなるのも、嫌だとは思わない。
あのまま灰崎家にいて、父が選んできた相手に嫁いでいたらこんな気持ちは起きなかったかもしれない。従順な妻でいることを強いられたはずだ。
……大切にしなきゃ。この時間を……。
静乃は膝の上で両手を組んだ。