17話 〈裏店〉の仲間
翌朝、静乃が目を覚ますと千景はもういなかった。
……すごくよく眠れた……。
ただ横になっているだけでは目がさえてしまうのに、千景がやってくるとすぐ眠れるし、浅い眠りにもならない。
浄魔師の正装になって一階へ降りると、会議室に千景と一覚、そして見知らぬ青年の姿があった。
「起きたか。気分はどうだ?」
「すごくすっきりしてるわ」
「それは何より。今日は〈裏店〉の人員を紹介しよう」
青年が静乃に向き直る。
青色の髪をしていて、前髪で左目が少し隠れている。
「青瀬明星だ。遠距離からの攻撃を得意としている」
「初めまして……」
青瀬明星は枯れたような声で挨拶する。
「よろしくお願いします。わたしは灰崎……じゃない、静狩静乃です」
「事情は聞きました。後方支援はお任せください……」
目元にはクマができていた。顔色もどこか白っぽい。
「寝不足ですか?」
「いえ……いつもこのくらいです……」
とても不健康そうだ。
「ういーっす、遅れましたー」
軍服に、巨大な野太刀を握った少年がやってきた。こちらは赤と黒が半々の髪色で、瞳に赤い紋様が見える。
「誰すかこいつ」
「俺の嫁だ。自己紹介しろ」
「ああ、そんな話ありましたね。失礼しました。俺は剱一刀太。〈裏店〉の戦闘員っす。よろしく」
「よろしくお願いします」
静乃は再び名乗った。
「しばらく一刀太が隅田村を監視してくれていたんだ」
「そうなのね。ありがとう」
「仕事だから礼を言われるようなことじゃねっすよ。隅田村はホントに襲撃が多いから疲れますけどねえ」
「昨日、俺たちが駆けつけた時も一刀太は別の場所で戦っていたんだ」
静乃たちが遭遇したのは武者骸と銀鉄腕だ。他にも出現していた。
「さすがに多すぎるわね。例の〈虚呼〉が絡んでいるのかしら」
「まだ調査中だ。腕利きの浄魔師でもこの等級の妖魔と連戦したら体力が保たない。事実、静乃は潰されかけていたわけだからな。俺たちで影から支援していくぞ」
「襲撃について、一つ気になっていることがあるの」
「ほう。なんだ?」
「荒川沿いに出現する妖魔が多いのよ」
静乃はこれまでの任務内容を説明し、荒川沿いでの戦闘が多かったことを話す。
「妖魔は妖力の強い場所から生まれる。川沿いというのは重要な要素かもしれんな」
「荒川の上流になんかありそうじゃねえっすか? 俺が見てきましょっか」
「一刀太は村の警戒中心でやってくれ。調査は他の者に任せる」
「へーい」
「明星もしばらくは隅田村にいてくれ。本部からも浄魔師は派遣されると思うが、連続失踪事件の調査にもかなり人員を割いているから期待はできない」
「承知しました……」
「それってどういう事件なの?」
景虎から質問されて気になっていたのだ。
「三ヶ月ほど前から、帝都中心部で民間人の失踪が相次いでいる。商店の息子や酒屋の嫁、よく見かける浮浪者までそこそこ名の知られた人間が次々いなくなっているんだ。浄魔師も含まれている」
「そうなの!? ちっとも知らなかった……」
「お前は父親に情報を絞られていたから知らないのも無理はない」
「聞いたっすよ。ろくでもねえ親父だったみたいっすね」
「……そう、ね」
それが事実であっても、静乃は父親を悪く言えなかった。
「今のところ失踪が報告されているのは六等級から四等級の浄魔師だけだ。消えたのは現時点で三人。任務に出ていた報告はないから、関係ない場所で巻き込まれたと思われる」
浄魔師も妖魔も、階級は一等級から六等級までと決められている。数字が小さいほど強いが、四等級と三等級のあいだには大きな差があると言われている。
「だから本部も追いかけているのね」
「そうだ。普通の失踪事件なら警視庁の管轄だからな」
浄魔会と警視庁は協力関係にある。合同で事件を追っているのだろう。
「考えることが多いですね……。息苦しいです……」
「明星は考えすぎだけどな。手の届く範囲のことだけ考えていればいい」
「失踪事件と隅田村の襲撃がつながっていたらどうするつもりなの? このまま撃退しているだけじゃこちらが消耗するだけよ」
ぱちん、と手を叩く音。ここまで黙っていた横田一覚がメガネをクイッと持ち上げた。
「ここは一つ、囮作戦など試してみてはいかがでしょう」
「どうするんだ?」
「静乃さんと千景様にデートをしていただきます」
「デート……って?」
静乃は舶来語に疎い。
「男女が街を遊び歩くことです」
「それで、相手が釣れるのを待つってことね?」
すっかり一覚相手でも敬語を崩している静乃であった。
「機を見て千景様と静乃さんは別行動し、敵が釣れるのを待つ。その上で相手を捕縛し、情報を吐かせるのです」
「デートというところにもう少しドギマギしてほしいものだな」
「重要なお仕事だもの」
「……本来のデートはただ遊び回るだけなんだ。仕事とは一切関係ない」
千景は呆れている。
「いつ誘おうか考えていたのに、一覚に先を越されるとはな。非常に不本意だ」
「申し訳ありません。閃くと抑えきれない性格でして」
「ま、いいんじゃねっすか? 静乃さんは四等級なんすよね? 四等級が一人消えてるんだから敵が食いつく可能性はありますよ。千景様は皆伝だからまず無理だけど」
皆伝だったんだ……と静乃は初めて千景の階級を知る。
通常、浄魔師の最上位は一等級だ。しかし一等級でも抜きん出て優れた者には皆伝という階級が与えられる。
「やっぱり、千景さんってすごい人だったのね」
「静乃だってすごいんだぞ。どう考えても四等級の腕前じゃないからな」
「そんな。わたしは平凡な浄魔師よ」
「お前が平凡なら他の連中はみんな六等級以下だ」
「そ、そこまで?」
「だから誇れ。お前は強い」
「千景さん……」
一刀太がムスッとして腕を組んだ。
「これが新婚夫婦の馴れ合いっすか。面白くねえなあ」
「一刀太は黒猫に慰めてもらえばいい……」
「そうっすねえ。てか、その黒猫ちゃんは?」
「静乃さんの洋服を買いに行った……」
「黒猫って?」
「小毬ちゃんのことっすよ。黒音小毬だから黒猫。本人もちょうど猫の妖魔に憑かれてるし」
「なるほど……」
小毬は静乃のことをシズシズを呼んでくるが、彼女にもあだ名はあるのだ。友達もなく、そういう習慣のなかった静乃には何もかもが新鮮だ。
「では、小毬さんが戻ってきたらデートの準備を始めてください」
「なぜ一覚が仕切るんだ」
「作戦ですから」
「ちっ……。静乃、そのうち仕事関係なしにデートに行くぞ。絶対だ」
「わ、わかった……」
見るからに不満そうな千景。デートとはそんなに重いものなのか、と静乃は思うのだった。