15話 それぞれの戦い方
近くで待機していた自動車に乗り込んで隅田村に向かった。
運転手の直原幽貴は〈裏店〉の一員だが、半妖としては力が弱いため裏方に回っているという。
浄魔師は霊力を足に集中することで素早く走れるものの、気力を消耗する。敵との戦いが一番重要なので温存できるに越したことはない。
「一覚様の報告ではこの付近のはずです」
「ご苦労」
「皆様、お気をつけて」
「ありがとさんでした~」
「ありがとうございました」
幽貴に礼を言って車を飛び降りた静乃は、周囲の気配を探った。
「あっちですね」
小毬が右に折れている道を指さす。
「あたくしは戦いが苦手なのでね、偵察に特化しているのですわ」
「そうなのね。じゃあ、半妖の女性がいるのに千景さんが結婚しなかったのは……」
「ええ、千景様と拮抗するほどの力がなかったからなんです。残念だったなあ」
「無駄話はあとにしろ。とっとと片づけるぞ」
千景は二本の刀を差していた。片方は日本刀、もう片方は渡来のサーベルである。
三人で田舎の砂利道を走っていく。
正面からガシャガシャと音を立てて、鎧武者が歩いてきた。折れた刀を手にして、崩れかけた甲冑を纏っている。
「武者骸か。三等級の妖魔が平然とふらついているとは異常だな」
三等級。ホノカガチの一つ下。
「ここは俺に任せておけ」
「わたしも一緒に戦う」
「慌てるな。静乃に俺の力をちゃんと見せておきたいんだ」
そう言われたら引き下がるしかない。
千景は日本刀を抜いた。
「来い、妖魔」
ムシャガラがすさまじい妖力を放った。思わず身震いするほどの圧力だ。
「ひええ、あたくしにゃとてもかなわない相手ですわ」
さすがの小毬も余裕がなさそうな顔をしている。
ムシャガラが折れた刀を振り回した。千景は正面から接近し、刀を交えていく。ものすごい速度で刃が飛び交い、金属音が打ち鳴らされる。
相手も見境なしに振るっているように見えて、ちゃんと千景の急所を狙っている。千景は最小限の動きで致命傷を防ぎながら反撃を浴びせていく。
「すごい。まだ余裕がありそうね」
「千景様は体術だけであれだからなあ。どこかで霊力を使う機会を待ってるはずですよ」
千景が切り上げると、ムシャガラが大きくよろめいた。即座に踏み込んだ千景は、空っぽの左手に霊力を集めた。掌底を打ち込むと、ムシャガラが大きく吹っ飛ぶ。
千景は足を止めず追撃した。倒れ込んだ相手の兜に護符を貼りつける。
「――浄化」
護符に霊力が流れ込むと、ムシャガラは光の粒になって消えていった。
「三等級が相手でも一方的じゃないの。やっぱりあの時の千景さんは幻じゃなかった」
羽雷を右腕の一振りで断ち切ってしまった千景。体が限界だった静乃は、どこか夢心地でそれを見ていた。今度はこの目で確かに見届けた。静狩千景は間違いなく強い。
「まずは一つ。報告は二体だったな? 小毬、探れるか」
「ちょいとお待ちを」
小毬は頭の大きなリボンをほどき、猫耳を露出させた。耳がピクピクと動く。
「――いた。ついてきてくださいな」
走り出した小毬に、静乃と千景はついていく。
もうだいぶ暗くなってきた。夜は妖魔の力が増幅される。早いうちに勝負を決めたい。
小毬を追いかけていると、荒川の土手に出た。
――また川沿い……。
この一ヶ月の襲撃では、荒川沿いに妖魔が出現することが多かった。今回も同じ。
「あ! 人が襲われてますよ!」
逃げ遅れたらしき村人が妖魔に追い詰められていた。
相手は大男くらいの体格で、妖魔としては小さい。しかし張り詰めた筋肉がすさまじく、両腕は銀色に輝いている。
「銀鉄腕か。また三等級だな」
「おかしいですよねえ。中級妖魔がゴロゴロ出てくるなんて……」
「ここはわたしがやるわ」
静乃は前に出た。
「お前、徒手空拳で戦うのか?」
「そう教わってきたもの。わたしの実績、読んでくれたんでしょ?」
「読んだが、武器を持たないとは聞いてないぞ。大丈夫なのか?」
「今度はわたしが、二人に戦い方を見せる番よ」
「……無理はするな。危険なら割って入るぞ」
「ええ」
ギンテッカイがへたり込んだ村人に拳を叩きつけようとした。静乃は背後から霊力の弾を撃ち込んで相手を吹っ飛ばした。
「早く逃げて!」
「あっ、灰崎家の……!?」
「急いで!」
「あ、ありがとうございます!」
ギンテッカイはすぐに体勢を立て直し、突っ込んできた。打ってくる拳を、静乃はギリギリのところで回避していく。見切れない速度ではない。
相手が打つ。静乃は腕の内側に入って、胴体に拳を打ち込んだ。霊力と妖力が混合した一撃。
ずん、と衝撃が走ってギンテッカイが大きくよろめく。
なおも追撃。左右の拳を、まっすぐに、あるいは下から突き上げるように連続で放つ。ギンテッカイの筋肉が激しくうねり、動きが鈍くなっていく。
渾身の一撃を相手の頬に叩きつける。ギンテッカイは回転しながら倒れ込んだ。
胸元から護符を取り出す。起き上がろうとした妖魔の額に貼りつけると、霊力を送り込む。
「――あるべき場所に還りなさい」
初めて仕事に出た時からずっと使っている言葉。
ギンテッカイは光の粒になって消滅した。
「ふう……」
「いやいやいやいや」
小毬が駆け寄ってくる。
「ギンテッカイをそうやって倒す人、初めてなんですけど? あいつは遠距離から霊力の弾を撃って弱らせてから祓うんですよ? なんで殴り合いで圧倒しちゃってるんですか?」
「え? だって、そういう戦い方を教わってきたから……」
「千景様、これいろんな意味で狂ってますって~」
「ふふ、俺はなかなか楽しかったぞ。痛快ですらあった」
千景の声音は明るい。
「父親の敷いた道とはいえ、静乃自身に力がなければ切り開くことはできん。その力、間違いなくこの目で見させてもらった」
「……あなたの妻として、不足はないかしら?」
「充分すぎる」
千景がいきなり抱きしめてきた。
「あっ、千景さん……!?」
「たくさんの制約があった中でよくぞ生き抜いてくれた。お前との出会いに感謝する」
「……わたしも、千景さんと出会えてよかった」
軍服はゴツゴツしていたが、顔が近いせいで千景の体温を感じ取れる気がする。
……心臓の音、聞こえてないわよね……。
さっきからドクドクと心臓が脈打っている。顔どころか全身が熱い。
……この熱はなんなのだろう。幸せを感じているの? わからない……。
いつかわかる日が来ると信じたかった。
誰かが走ってきた。二人は離れる。
「よ、妖魔の目撃情報があったそうで……」
軍服を着た青年だった。線が細く、頼りなさそうに見える。
「もう討伐した。君は灰崎の部下か?」
「はっ。昨日から勤務しております」
父が新しく雇い入れた浄魔師なのだろう。働き手である静乃を追い出した以上、他を探す必要があったはずだ。
「到着が遅いぞ。俺たちが間に合ったからよかったが、住民が一人殺されるところだった」
「も、申し訳ありません! え、ええとあなたは一体……?」
「静狩千景だ。静狩家、で伝わるか?」
青年の喉から「ひゅっ」と息が漏れた。
「た、大変失礼いたしました! 同じ失態を犯さぬよう、全力で努めてまいります!」
「頼んだ。――よし、後始末は任せるぞ」
静乃と小毬は千景と一緒に歩き出した。
「浅草から来た俺たちの方が早く着くのは明らかにおかしい。情報網が弱いのか、出るのをためらっていたのか……いずれにしても先が思いやられるな」
「ですねえ。あの人じゃ倒せても五等級くらいに見えましたけど」
「静乃ほどの浄魔師はそうそう見つからん。今の隅田村を守るにはあまりに頼りない」
「ここはわたしの故郷よ。異変が収まるまで戦わせてほしい」
千景は静乃を見つめて笑った。
「俺も同じ気持ちだ。〈裏店〉の最初の仕事として申し分ない規模だからな。必ず解決しよう」
「ありがとう」
「だが、今日は休め。以前の失敗を繰り返したくないのなら、体調を万全にすることも大切な仕事だ」
そう言われては、従うしかない。
「わかった。ちゃんと寝るわ」
千景が顔を近づけてきた。
「今夜も一緒に寝ていいか?」
静乃の顔は一気に赤くなった。
「ね、寝るだけなら……」
今夜も平穏には終わらないかもしれない。