14話 謎の組織
騒がしい昼食が終わった。ほとんど景達が騒いでいただけだが、それでも静乃は楽しかった。
「そうだ、お嫁さん」
景虎が言った。
「お、お嫁さんだなんてちょっと恥ずかしいわ」
「となると、お義姉上様でしょうか」
「静乃でいいわ。名前が一番落ち着くから」
「では静乃さん。〈虚呼〉という組織の名を聞いたことがありますでしょうか」
「……いいえ。どんな組織なの?」
「妖魔を操り、人の世を自分たちのものにしようと企んでいるとか」
妖魔を操る。簡単に言うが、現実にできるとは思えなかった。
「あいつらは見境なく人を襲うんでしょ。それを操るなんて不可能なはず」
「そのための研究をしているみたいなのです。最近、帝都では民間人の失踪が相次いで発生しています。そこに加え、隅田村での妖魔の襲撃増加……無関係とは思えない」
「〈虚呼〉が妖魔をけしかけているとか?」
「想像もつきませんが、ぼくはその調査をしています。些細なことでもいいので、何か思い出したら連絡をください」
「わかったわ」
「報告は俺にしろ。俺から景虎に伝える」
「あらら。千景兄様のご機嫌を損ねてしまいました」
てへ、と景虎はわざとらしく笑う。
あざとい……。でも、かわいいから似合っている気がしてしまう……。
謎の敗北感を覚える静乃だった。
「〈虚呼〉については〈裏店〉でも追いかけている。早く潰したいものだ」
「わたしも役に立てるかしら?」
「もちろん。頼りにしている」
千景に笑いかけられて、静乃も自然と笑顔になっていた。
☆
静狩家の自動車で〈裏店〉の拠点へ戻ることになった。
「す、すごかったわね。ちっとも揺れなかったわ」
「最新型だからな。行きの車は古い型だったんだ」
千景はニヤッとする。
「世間知らずだと思ったが、さすがに車は乗ったことがあるようで安心したぞ」
「あ、あんまり馬鹿にしないで。そこまで田舎者じゃないわ」
もっとも、父には「浄魔師は走るのが一番早い」と言われていたわけだが。
二人で裏路地へ入り、〈裏店〉へ無事に帰還した。もう夕方にさしかかっている。
「おっかえり~!」
小毬が出迎えてくれた。
「どうだ、留守中に事件は起きなかったか」
「平穏無事でしたっ」
「けっこうだ」
「シズシズ、疲れてない? またお風呂行っちゃう?」
「そうね、綺麗にしておいた方がいいかしら……」
「シズシズ?」
「千景様と結婚したんだから静狩静乃じゃないですか。ってことはシズシズじゃないですか」
「ふむ、悪くないな。愛嬌がある」
千景はまったく否定しない。都会の人間にはまだなれそうもない、と思う静乃だった。
「お帰りなさいませ」
奥から一覚も出てきた。
「おう、〈裏店〉の設立を認めてもらったぞ。隊士の指揮を俺が預かることになった」
「では、さっそく最初のお仕事になりそうです」
「何かあったのか」
「隅田村に妖魔出現の報告です。それも二体」
「えっ!?」
また故郷に妖魔が現れたのだ。風呂に入っている場合ではない。
「千景さん、すぐ行きましょ!」
「待て、静乃は休みだ」
「平気。わたしの頑丈さを甘く見ないで!」
まっすぐに千景を見つめる。
「頑固そうだなあ。千景様、これは折れないやつだと思いますよ~」
「……仕方ない。俺と小毬、静乃で行く。一覚は引き続き情報収集を頼む」
「承知いたしました」
「静乃、怪我をしたらお前が死に物狂いで抵抗しても休ませるからな。覚悟しておけ」
「大丈夫よ。そんなヤワじゃないから」
千景は右手の部屋に入ると、すぐさま軍服に着替えて出てきた。
「これをかぶれ」
軍帽を手渡される。
「もらっていいの?」
「浄魔師の女には軍服がない。せめてこれくらいはおそろいにした方がよかろう」
「……うん」
静乃はしっかりと軍帽をかぶった。小袖と袴に軍帽。これはこれでアリな気がする。