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13話 楽しげな家族

「兄上、静乃の功績は報告書に記して送ったはず」

「文書だけならなんとでも書けんだろ」


 千景の兄という青年は静乃から視線を離さない。


「本気で戦うのはよくねえからな。ちょいとお試しだ」

「――ッ!」


 兄の姿が消えて、一瞬で静乃の前に現れていた。

 右手の指がまっすぐに張って、突き刺すような姿勢になっている。


 ――見切れる!


 静乃は片膝を立てて上半身をひねり、相手の手首を掴んだ。返しの一撃。左手で手刀を放つ――直前で止める。静乃の左手は、兄上の首元で止まっている。


「や、やるじゃねえか……」


 金属音。千景が小刀を取り出し、兄上に突きつけた。


「それ以上やるならいくら兄上でも容赦はしない」


 手刀と小刀を突きつけられた兄上は力をゆるめた。


「こいつは嫌われちまった」


 静乃も手首を放す。


「いい反応だった。絶え間なく前線で戦ってたのは本当らしい。よし、お前さんのことは認めといてやろう」

「なんですかその上から目線は。兄上の攻撃は完全に見切られていたでしょう」

「うるせえ」


 兄上は自分の席に戻った。そこで、静乃は自分の反応が正しかったのか不安になる。


「あ、あの、今のは失礼だったでしょうか……?」


 質問すると、時重が笑った。


「面白い娘だ。攻撃されたら抵抗するのが当然であろう。まったく失礼ではないぞ」


 ホッとした。


「腕前もよい。千景、よき相手を見つけたな」

「はい」

「祝言は後日あらためて挙げる。今日は昼食だけ一緒に取っていけ」


 静乃と千景はそろって頭を下げた。


     ☆


 静乃は千景と並び、兄弟と向き合う形になった。

 机には鯛の刺身が並べられている。


「そういや名乗ってなかったな。俺は千景の兄で、景達(かげたつ)っていうんだ。よろしく頼むぜ」

「よ、よろしくお願いいたします」

「ほれ、お前も」


 隣の少年がニコッと微笑んだ。


「千景兄様の弟で、景虎(かげとら)といいます。よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 長兄の景達と次兄の千景は野性味の強い雰囲気だが、景虎は童顔であり、優しげな空気を纏っている。


「景達兄様はすぐ手が出てしまうからびっくりされたでしょう」

「びっくりはしたけど、反応できる速さだったわ。手加減してもらえたのよね、きっと」

「ん?」「なに?」


 景達と千景が同時に反応した。


「俺はわりと本気だったぜ」

「手加減で出せる殺気ではなかったぞ」

「そうなの?」


 みんなぽかんとしてしまった。


「こいつは想像以上の大物かもしれねえ……」


 景達が呻く。


「ふふふ、兄上が頭を抱えるとは珍しい。静乃、やはりお前の強さは本物だ。俺も自分のことのように誇らしいぞ」

「……褒めてくれるのね」

「それはそうだろう」

「お父様は一度も褒めてくれなかったわ。何を覚えても、何を倒しても、できて当然としか」


 静狩家の面々が視線を交わす。


「絶対に尻尾を掴まないといけませんね」

「ごうつくばりの親父には引退してもらわねえとな」


 景虎と景達が鼻息を荒くした。


「静乃、さっきから手をつけていないようだが、刺身は苦手か?」

「わからないわ。食べたことないから」

「醤油に少しつけて食べるんだ。こういう具合に」


 千景がお手本を見せてくれるので、静乃も真似して刺身を口に入れた。


「お、おいしい……!」

「気に入ってくれたか。たくさん食べるんだぞ」

「こ、これ全部いいの?」

「もちろんだ」


 静乃はおろおろしてしまった。目の前の皿に乗った刺身は綺麗に並べられていた。一切れでもこんなにおいしいのに、それがまだ何枚もある。


「ど、どうしよう……おいしすぎて頭がどうにかなりそうだわ」

「一応訊いておくが、家ではどんな食事をしていた?」

「ご飯とお味噌汁と青菜のおひたし。家政婦のトネさんという方がとても味付け上手でおいしかったわ」

「それは素晴らしいことだが……毎日同じだったのか?」

「ええ。お父様が、これが浄魔師にとって一番よい献立だからと言って……もしかしておかしい?」


 千景は返事に迷った顔だった。


「決められていたなら家政婦は悪くない。食事が美味かったのならそれもいいことだ」


 おかしかったんだな、と薄々察する。


「だが、お前の功績を考えたらたまには夕食を豪勢にするとか、ご褒美があってもよかったはずだ。物足りないと思ったことはないのか?」

「それが当たり前だと思っていたから……」


 ため息をついたのは時重だった。


「娘を自分の駒とするために幼い頃から()()していたようだな。刷り込みは浄魔師の掟で裁けない。灰崎久吾は戦えなくなっても栄誉を欲していたのだ。そういう意味で、貴様は理想的な駒に育ったと言える。父の教えを疑わず、充分な実力だけを得た」


 静乃はうつむいた。信じていたものが次々に崩れていく。父親にとって都合のいい存在でしかなかったという事実に胸が苦しくなる。


「だが、これからは千景がいる。言いたいことはどんどん言って、やりたいことをするといい。もちろん半妖の力はしっかり抑えた上での話だが」

「ご安心を。暴走は私が許しません。この輝妖石があれば静乃は幸せになれます」

「言うねえ。半妖に命を救われた男は覚悟が違うぜ」

「え?」


 静乃は景達を見た。重要なことを言ったという顔ではない。


「……俺の話は、そのうち聞かせる」

「わ、わかったわ」


 千景は半妖ではないはずだ。


 ……〈裏店〉を設立したかったのは、そのあたりが絡んでいるのかしら。


 そのうち聞かせると言ってくれたのだから、静乃は信じて待つだけだ。


「そういや親父、またひでえ話があったんだよ。俺と景虎が一緒に歩いてたらよぉ、茶髪の似合うお姉さん二人に声かけられたんだよ。でも目当ては景虎らしくてさ、俺はまったく相手にしてもらえなかった。露骨に避けられて悲しかったぜ」

「貴様は人相が悪いからな。わしのよくないところを引き継いでしまった。その点、景虎は絹子に似た」

「えへへ」

「あんまり調子乗んなよ」

「すぐそういうことを言うから女性がおびえてしまうのですよ、景達兄様」

「ああん?」


 静乃は家族の会話に聞き入っていた。


「すまんな、いつもこんな調子でうるさいんだ」

「うるさいなんて思ってない」


 静乃は胸を押さえた。


「家族ってこんなに楽しそうにできるんだって、それが少しうらやましいだけ……」


 千景は何も言わなかった。箸を置いて、静乃の背中をさすってくれる。

 今はその優しさだけで充分だった。

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