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10話 千景の気持ち

 横田一覚は地図に印を書き終えると、しばらく背もたれに体を預けて天井を見つめた。

 誰が建てたのかもわからないような空き家。

 ここがこれから、浄魔会(じょうまえ)にとって重要な拠点になる。

 自分たちがその中心となって活動するのだと聞かされても、上手く想像できない。

 主である静狩千景は、契約上の妻になった静乃のところへ行ったきり戻ってこない。

 これは書類がまとまるまでに時間がかかりそうだ。


「ふううーっ……」


 と思ったが、千景が髪の毛をボサボサに跳ねさせて帰ってきた。


「静かでしたね」

「少し一緒に寝てみただけだ。もうあいつは眠った」

「いかがでした、相性の方は」

「俺は自分に耐えられなかったよ」

「ほほう?」

「静乃は安心を知らず、幸福も知らない。ただ戦うことだけ仕込まれたんだ。俺はそんな彼女をかわいそうだと、哀れだと思った。あれは恋愛感情などではない。ただの同情だ。苦しんでいる同胞を抱きしめながら、俺は彼女の上からものを見ていた! そんな自分に吐き気がした!」


 千景は声を荒くする。


「俺は静乃を対等に見ることができなかった。確かに、あいつに惹かれているのかもしれん。だが、俺のような冷たい人間では幸せにしてやれる自信がない」


 一覚は黙って聞いている。


「それに、あいつは生まれてからこの方、ずっと父親に利用されて生きてきたんだ。そいつから解放されたのに、今度は俺が契約によって静乃を利用するつもりでいる。このままでは、あいつは一生自分の決めた道を歩けない。そう思うと心が苦しい」


 一気にしゃべると、千景は口元をぬぐった。


「自覚があるのなら、やっていけるでしょう」

「なんだと?」

「上から見ていると、千景様ご自身が理解しておられる。自覚あることは直すことができます。契約だけの関係でいるつもりなら見込みは薄いでしょうが、静乃さんを本気で愛するというのならきっと変えていける。私はそう思いますね」

「……本気で言っているのか」

「もちろん。これでも千景様より十年長く生きております」

「ふふっ」


 千景は自分のイスに座った。


「お前がいてくれてよかった。冷静に分析してもらえると直せるような気がしてくる」

「静乃さんのどこがよかったのです?」

「ほとばしる覇気が強者のそれでとても心地いい」

「強者にしかわからない感覚ですね」

「あとはやはり生い立ちだな。あそこまで不憫だと手を差し伸べてやりたくなる。もっともこれは恵まれた立場から言っているわけだから、本人には言えない」

「真面目ですねえ」

「一番は芯の強さだ。普通、あれだけ過酷な仕事ばかりさせられたら逃げ出す。それをせず、村のことを大切に想って戦い続けた。なかなかできることじゃない。覚悟が決まっているのは素晴らしいことだ」


 ……スラスラと出てくるあたり、もう完全に惚れていますねえ。


 言うと不機嫌になるので黙っておく。

 そんな一覚の内心に気づくはずもなく、千景は笑った。


「人の幸せのために戦った者も、幸せを受けていいと思うんだ」


 一覚も微笑む。


「おっしゃる通りです」

「ただ、静乃はとにかく戦うことしか考えていないようだ。〈裏店〉にも加えると約束してしまったし……仕事から帰ってきてのんびりというわけにはいかなそうだな」

「あの討伐記録がすべて静乃さんの功績だとしたら、彼女は二等級の妖魔すら単独で倒せる実力があるわけです。本人が希望するなら前線に出してあげなければもったいないですよ」

「俺も正確な実力は把握しておきたいし、戦うところは見たい。だが、好きになりかけている女が妖魔とぶつかり合うのは恐ろしいなあ」

「危ない時は守ってあげるのが旦那様のお役目でしょう」

「うむ、お前は本当に正論しか言わないな」

「なぜか嫌味に聞こえますね……」

「褒めているんだぞ? ああ、一覚のおかげで胸のつかえが下りた。明日はしっかりした顔で静乃と話せそうだ」

「では、もう寝るべきでしょうね。このままだと寝不足の顔を晒すことになりますよ」


 千景は壁掛け時計を見て、かくんと首を下げた。


「そうだな。書類は明日にしよう……」

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