第二話 未来視
信号無視でトラックに轢かれて死亡し、転移前に神から与えられるチートをどれにするか決めかねていた田原智也。彼は8週間たってもなお、神の間でうだうだと貰うチートを悩み続けていた。
「でもやっぱさー、前に神も言ってたけど、有力な商人になって裏から国家を操るってのも悪くないんだよねー」
「・・・・・・でしょ?」
「そういうフィクサー的な?悪人ルートみたいなのってなんか憧れるよね~。でも自分にできるか不安だな~」
「・・・・・・やってみればいけるって。さすがにそろそろチート決めようよ」
「え?なんか神テンション低くね?なんか怒ってる?」
「・・・・・・怒ってないよ。いいからはやくチート決めようよ」
「いややっぱなんか変じゃん。俺なんか変なこと言った?謝るから言ってよ」
「いや、長ぇんだわあああああああああ!!!!!」
智也の追求に、ついに相槌を打っていた神の堪忍袋の緒が切れる。
もはや完全に神の間に慣れ切り、横になってだらけていた智也が突然の神の叫びに驚いて正座する。
「え?きゅ、急にどうした?」
「急にじゃねぇんだわ!流石に長い!長すぎ!時間換算でもう8週間なんだけど!いや、確かに無いよ!?神の間には24時間以上滞在してはいけませんみたいな、そういうルールは確かに無い!でも普通はすぐにチート決めて転生するもんじゃん!長くても二時間以内には決まるもんじゃん!?っていうかずっとこの空間に居て飽きない!?」
堰を切ったように8週間分のツッコミをする神。
「いや、それがここは腹も減らないし、危険もない、それに、話し相手の神もいて、なんか居心地が良くて」
「そりゃ8週間だからね!!約二か月!四月で入学してもうそろ六月だなー、ぐらいよ!?ずっと一緒にいたら仲良くもなるわ!」
「そ、そんなに正面切って仲良くなったとか言われるとなんか照れるっす」
「照れとる場合か!頼むからさすがにチート決めて早く転移してくれ!こっちにも事情があるんだよ!」
「事情って?さっき自分で長時間いちゃいけないルールは無いって言ってたじゃん」
「大人の事情があるの!ルールはないけど困るの!」
「大人の事情......?」
急によくわからないことを言い出す神に困惑する智也。
まくしたて続け疲れて、神はぜえぜえと荒い呼吸をした後、少し落ち着きを取り戻してきていた。
「そもそも、そういえば智也君の夢ってハーレムだったよね?それってここじゃ達成できないじゃん」
「た、確かに......!俺の異世界ライフの目標はハーレムをつくるんだった!」
あの目標は流石に多過ぎたので、もろもろの中からとりあえずハーレム一本に絞ったんだった!
「でしょ!?ならはやくチート決めなきゃ!」
「でも......!ダメ......!決めらんなぃ......」
智也はメモとにらめっこしながら、情けない声で泣き言を述べた。
メモに書いた貰うチートの候補は、消したり増えたりしてどちらかといえばかなり増えていた。
「......じゃあもうわかった!そんなに智也君がチート決められないなら、しょうがないから神様がチート決めちゃいます!」
「あぁ、そんな、お母さんが買うおもちゃを決めちゃうみたいに......!」
「はい、《催眠》。これでいいでしょ。頑張ってハーレム作ってね。神様応援してるから」
「やだやだ!《催眠》でハーレムってそんなのエロ同人じゃん!愛が無いじゃん!やだー!」
「わがまま言わないの!あんたがさっさと決めないからでしょ!」
「すぐに決めるから~!」
「......じゃあ、どのチートにするの?」
「......決めらんない」
「もうお前は《読心》で決定!女心わかりまくり!モテまくり!はい!転移させちゃいます!」
「やだ~!弱そう~!心が読めても強くないよ~!格好いいチートで敵と戦って勝ちたい~!そんで女の子にもチヤホヤされたい~!」
「じゃあどれにすんの!?」
「決められないですぅ…...」
「はい、《強酸》ね。強い酸が出せます。これで敵を溶かしてやっつけてください」
「敵サイドの能力すぎる~!」
「あれもやだ、これもやだ!じゃあもう異世界転移やめる!?」
「そんな、お母さんが怒っておもちゃを買ってくれなくなっちゃうみたいに......!」
神に怒られつつも二人でふざけていると、智也はとある妙案を思いついた。
「ちょ、ちょっと待って!良いこと思いついた!」
「良いこと?」
「なんか、せめて試せたりしないの?」
「試すって?」
「ほら、アクションゲームでも武器決める前に試せたりするし、車も試乗すんじゃん!このチート選びでこれからの人生かかってんだから、せめて試しに使わせてよ!」
「あーなるほど。試すかぁ......。智也君だけ試せるってのはずるいかもだけど......。どれを試したいの?」
「例えば《未来視》!これで未来でどのチートを選んだか調べて、それを今選べばいいんじゃね?」
「確かに!ナイスアイデアじゃん!智也君お前頭いいな!」
「でしょ!?」
「じゃあ、神が《未来視》使いまーす」
「え~!?使わせてよ~!」
ごねる智也を無視して、神は《未来視》の能力の説明を始める。
「《未来視》は、一度目を閉じて、能力を発動させてから開くことで発動できるんだ。未来の情景が俯瞰的に見えて、拡大、縮小が可能だから大雑把に未来を把握することも、未来の一場面を細かく知る事も出来る」
神は能力の説明をすると、一度目を閉じ、開いた。その瞳は先ほどまでと違い、青白い光を放っていた。見るからに能力が、《未来視》が発動していた。
その様子を見た智也は内心、マジで能力だ!と大はしゃぎだった。いかにも能力を使っているっぽい神の姿が格好良すぎて、智也はそのまま自分も《未来視》が欲しくなっていた。
一方で、神は絶望の未来を見ていた。
智也は最終的に《未来視》の能力を選ぶのだが、この後すぐに神にその能力を選ぶと言われてなお、結局このまま神の間で貰うチートを悩み続けるのであった。
実際に智也自身も《未来視》で《未来視》のチートを選んでる未来を見ても、なんだかんだで優柔不断にもチートを決定しきれないのだった。
このままだと、他にも様々なチートを神の間で試したあげく、実際に《未来視》に決めるまでに12年が必要だった。もう後半は神と智也が仲良くなりすぎて、別れを惜しんだためにずるずるとチートの決定を引き延ばしたりしている様子も見て取れた。
「いややべぇ!」
「え!?ど、どうだった!?俺って、何を選ぶの!?なんかやばいの!?」
先程までの青白い目の光が消え、今に戻ってきた神。
神の第一声が不穏だったことが気になりつつも、期待に目を輝かせる智也。自分の未来を知りたいという気持ちもあったが、チートの効果を体感してみたいというのも期待が高まる要因だった。
「あ~まぁ、その、ね」
「え?」
なんだか歯切れの悪い神。それもそのはずである。こいつに正直に「《未来視》だよ」と告げようものなら、12年コース確定となってしまう。かと言って、どのチートを言っても、こいつは悩み続けるのであろうことはもう火を見るよりも明らかであった。
「......試乗、する?」
「試乗?」
「色々と試してみたら、見てるだけよりかはチートを決めやすいよね」
「まぁ、確かにそうだけど......。で、俺は結局何を選んだの?」
未来を見た途端にさっきまでとはうってかわって態度が変わり、変な提案をしてくる神。なんだか《未来視》発動前よりも目のハイライトが少なくなっているような気がした。その様子を見て、智也はなんかいかにも未来を見て来た奴っぽいと思った。しかし、一体神はどんな未来を見たのだろうか、あまりにも気になる。
「だよね。じゃあ、それでいい?とりあえず、智也君はお試しでってことで。色々とチートを試させてあげるから」
「おい!話を逸らすな!俺の未来はどうなったんだ!」
「ま、まぁ、いずれ、わかるよ」
「そりゃいずれわかるだろ!俺の未来なんだから!」
「うるせぇ!私は神だぞ!あんまりがたがた言うと、転移させてあげないからな!」
「あ!そんないきなり!ずりーぞ!じゃあいいよ!ずっとここに居座ってやる!」
「あーいいよ!はじっこでじっとしてろ!」
売り言葉に買い言葉、お互いに腹を立てた神と智也はそこまで広くもない神の間で、出来るだけ離れて、そっぽを向くとそのまま座りこんだ。
くそ、神ばっかずるいぞ。なんか自分だけ未来を見てなんかを知りやがって。むかつくから神が見た未来とは別の行動をしてやる!流石に、ここで永遠に座り続けられる未来は見てないだろ!ざまあみろ!
智也は未来を教えてくれない神に腹を立てていた。
しかし、しばらくするとすぐになにもない不思議空間に飽きはじめてしまった。
......暇だ。することがないし、眠くもならない。
ここって、こんなに何もなかったんだな。よくもこんな何もない空間に8週間もいれたもんだ。
それって、やっぱり神と一緒にいて楽しかったからだな。きっと、誰もいない空間にカタログが置いてあるだけだったらもっと早くチートを決めてたかも。
こうなったきっかけって、元はと言えばチートを全然決めない俺が悪いよな。正直未来を教えてくれない神はむかつくけど、でも、言えないって事はきっと何かしらの事情があるんだろう。やっぱり、俺がもっと譲歩すべきだったな......。
......やっぱり神に謝ろう。
「あの!」「智也くん!」
神と智也は同時に声を出していた。
お互いに顔を見合わせて、気まずくなる二人。
「ごめん。神。やっぱり、俺がチートを決めないのが悪かった」
「こっちこそはぐらかしてごめん。そりゃ未来は気になるよね。でもごめん、言えない」
智也と神はお互いに謝りながら、元の位置に座った。
「いいよ。そこまで言えない事情があるなら仕方ない。一旦未来の事は置いておくよ」
「ありがとう。で、さっきのお試しの話の続きしよ」
「あぁ、そういえばそんな話もしてたかも」
「一旦、転移してそれでいろいろとチートを試して決めるって言うのはどう?」
智也はいきなりの話の切り替わりに少しついて行けずにいた。
えーっと?一旦異世界に転移してチートを試す?
「え?一旦異世界に転移してチートを試す!?マジで!?それって結構お得じゃない!?」
それって、実際に異世界で試しながらチートを決められるってこと!?
「でしょ!?お得でしょ!?ただし!条件を付けさせて!一日一能力で、一回試したチートは使用禁止!あと、三年以内にチートを決める事!この条件は守って貰う!」
この提案は神にとっても、かなり苦渋の決断だった。このままでは大分長い期間一人の人間に入れ込むことになる。しかし、このまま12年共に過ごすのはさすがにやばい。12年が3年になるのだ。それでもかなり苦しいが、このくらいは仕方ないと受け入れるほかなかった。
その一方、智也はなんだかだんだん、この条件を怪しく感じてきていた。
妙に気前の良い神。多くの条件。なにやら、裏がありそうだな......。
「どうする?こんなの、今だけだよ!もうすぐに気が変わっちゃうかもよ!神は短気だからね!このお試しキャンペーンはあと3分以内に契約された転移者のみ限定です!ハヤクシナイトモッタイナイコトニナルヨー!」
智也が訝しんでいるのを察した神は、もはや今しかないと言葉を畳みかけて智也を焦らせる。
その様子を見た智也は神の提案の条件の良さと怪しさの間で迷っていた。
怪しい!契約とかキャンペーンとか言い出して、ますます怪しい!しかし、試せるという条件は、確かにめちゃくちゃ嬉しい!ぜひ色んなチートを試してみたい!
「もう後二分になっちゃったよ!今を逃したらもう二度とこんなチャンスはやってこないよ!」
「う......わ、わかった!わかった!乗る!乗ります!契約します!その条件でお願いします!!」
結局、智也は怪しみながらもチートを試せるという誘惑に勝てなかった。
「よし決まり!はい転移!」
その隙を神が逃すはずもなかった。すぐに転移の儀式を始める神。そして体が光に包まれ始める智也。
「え!?そんな急に!?情緒は!?」
「ソレデハ、ワカクシテシンデシマッタタマシイヨ!イセカイデオタッシャデ!!(早口)」
「あぁ!なんか早口で決め台詞を言ってる!情緒がない!」
そして、智也はまばゆい光に包まれた。
・・・・・・・・・
「へぇ、ここが異世界かぁ・・・」
気が付くと、智也はのどかな風景の馬車道の真ん中で突っ立っていた。
少し行った所にはそこそこの大きさの街が見える。きっとあそこが始まりの街なのだろう。
「じゃあ、とりあえず街に行こうよ。智也くん」
「そうだね。......って、なんでここに神様が!?」
横には神も突っ立っていた。神のゆったりとした奇抜な格好はのどかな風景でかなり浮いていた。
「そりゃ、チートの付与をしないといけないからね」
「チートの付与?それって、神も一緒に居ないといけないの?」
「そう、チートの付与の際は、実際に神が対象者に手をかざさないといけないって神様規則で決まってるんだ。だから、お試しとはいえチートの付与を何回もする必要がある以上、こうして君と一緒に行動する必要があるんだよ」
「そ、そうなんだ」
っていうか神様規則とかあるんだ......。
「ん?つまり、俺はこれから三年間、神と一つ屋根の下で過ごすって事?」
「まぁ、そういうこと」
「マ、マジすか......。そ、その、不束者ですがよろしくお願いします」
「いや結婚か!バカなこと言ってないで、はやく街に行こう。このままじゃ、せっかく異世界に来たのにすぐに餓死だよ」
「あ、待ってよ~!神~!」
モタモタしている智也を置いて、先に歩き出した神を慌てて追いかける智也。
神を追いかけつつ、智也はなんかこれっていかにも『始まり』っぽくていいなと暢気に思っていた。
「......あ、そうだ。さっき見た未来だけど、実はあのままだと智也君が悩み続けて、チート決めるのに12年かかる未来だったんだよね」
「12年!?え?マジで!?......え、12年!?」
こうして、神は三年間を犠牲に、なんとか優柔不断な男、田原智也を8週間で異世界転移させることに成功したのだった。