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第一話 異世界転生でチート貰えるとしたら、どのチートにする?

 靴ひもがほどけるタイミングというのは、どうしてこういつも嫌なタイミングばかりなのだろうか。

 夏の道路、セミの声がやたらうるさい中、学校からの帰り道で田原智也(たはらともや)は青信号の横断歩道の前で靴ひもがほどけていることに気がついた。しかも、靴ひもを直そうとかがんだ瞬間に信号が点滅し始めたときた。まさに最悪のタイミングだと言っても過言ではない。


 「まったく、なんかいやなことでもありそうだ」


 急いで靴ひもを結びなおし、さっさと渡ろうと立ち上がった時には、もう信号は赤に変わってしまっていた。

 はぁ......。ついてないな......。

 智也は渡るのを一度は諦めた。

 が、すぐに赤信号になったばかりの今なら『急げば別に渡れる』という考えが頭に浮かんだ。まだ、信号は変わったばかりである。別にまだ車も通っていない。

 しかし、信号無視は悪い事である。たとえそれが可能であっても、社会的に、道徳的に、やるべきではない。別に、ただ信号を待てばいい。それだけだ。そんなに一分一秒を争うような用事に追われているわけでもない。ただ待つのが面倒なだけだ。

 よし、待とう。智也は自身の正義感から、改めてそう結論を出した。

 ただ、暑さというのは歩いてる時よりも立ち止まった時にこそ顕著になるものである。智也はじっと止まっていることで、暑いという感覚を紛らわせないでいた。かげろうゆらめくアスファルトもまた、暑さを視覚的にも増幅させていた。

 ......暑い。......やっぱり、さっさと渡っちゃお。

 照り付ける陽光が彼の道徳心を陰らせた。


 そして、赤信号の前で止まっている歩行者が突然小走りに車道に飛び出すという状況に対応しきれなかったトラックは、気の毒ながら歩行者を轢いてしまうのだった。


・・・・・・・・


 「いや、渡るならさっさと渡れや!なんで信号が変わって大分時間が経ってから行くんだよ!」


 智也は、気が付くと奇妙な格好の、顔の整った青年の男に説教されていた。


 「お、俺、トラックにひかれたんじゃ......」


 智也はひかれたはずの自分の体を触ってみるが、五体満足で怪我もなかった。

 

 「あれ?なんで?ていうか、ここどこだ?」

 

 辺りを見回すと、そこは薄暗いような、薄明るいような、不思議な空間だった。


 「そうだよ!田原智也。お前は若くしてトラックにひかれて死んだ。信号無視で」


 青年は信号無視をわざわざ付け加えて言った。

 確かに智也には、トラックにひかれたという記憶がある。しかし体に外傷はなく、そしてこの不思議空間である。智也は自身の死を悟らざるを得なかった。


 「そっか、やっぱり俺、死んだんだ......。ってことは、ここは死後の世界......?もしかしてあなた様は、え、エンマ様ですか?」


 「違うわ!顔赤くないし、それにどっちかというと洋風の服着てるだろ!」


 たしかに、青年の不思議な格好は和風でも中華風でもなかった。じゃあこいつ誰だよ。

 智也の怪訝な表情から、青年はなにかを察したのかこの場の説明を始めた。


 「私は神。そしてここは神の間。不幸にも若くして死んでしまった魂を、別の世界に転移させる場所だ」 


 神ぃ?これが神様?

 智也は改めて目の前の神を自称した青年を見た。奇妙だが妙にゆったりとした恰好。そして整った顔。なるほど、確かに言われてみればなんか神っぽいかもしれない。

 神、不思議空間、魂の別世界への転移......


 「......つまり、ここは異世界転移する場所ってこと!?」


 「そういうこと!察しが良いね」


 「へへ、オタクなもんで」


 智也は照れくさそうにはにかむ。さっきまで死んで少しテンションが下がっていたが、異世界転移できるってことで、テンションが上がってきていた。

 しかし、異世界転移するなら非常に大事な事がある。


 「あの!へへっ、神様。つかぬことをお伺いするのですが......」


 「どした?いきなりへりくだって」


 「いや、転生特典的な......チート能力的な......神アイテム的な......そういうなんかって、もしかして貰えたりとか、するんすかね?」


 自分からチート能力の事を言い出すのはなんかめっちゃ恥ずかった。

 神は答えるまでに少し智也の顔をじっと見て、一度溜めてから。


 「あるよ」


 とキメ顔で答えた。なんだか妙にノリの良い神。


 「まじすか!?やった!何が貰えます!?」


 そう、そこもまた重要な問題だった。

 まず、チートを貰えるのか。次に、貰うチートの種類。チート能力系もあれば、神アイテム系もある。チートを選べるパターンもあれば、選べないパターンもある。

 ここはやはり、チートは是非とも自分で決めたい......!


 「しかもチートをカタログ形式で選べるタイプ」


 「一番良いパターンじゃないっすか!?」


 神は椅子の下から分厚い本を取り出し智也に渡す。神から手渡された本の表紙には、『チート大全 決定版』と書いてあった。

 うきうきで智也は本をめくり、早速チート一覧の項目に目を通し始めた。

 《催眠》《魅了》《怪力》《巨大化》《読心》《念力》《時間停止》......

 うわ、《時間停止》だって、強そ。......にしても、だいぶ種類が多いな。どれにしようか。


 「あのー、神様、ちなみにおすすめとかってあります?」


 当たりの能力を選びたいという気持ちと、多すぎて選びきれないという思いから智也は神におすすめを聞いた。


 「おすすめ?おすすめねぇ......。《時間停止》とか?」


 「やっぱそうっすよね......。絶対強いし、便利そうっすもんね。良いとは思うんですが......」


 時間さえ止められれば、強敵にだって勝てるし、盗みもし放題だ。

 しかし、智也はあまり《時間停止》に前向きになれなかった。なんか強すぎるし、悪い事も出来過ぎる。


 「《時間停止》はあんまり好みじゃない?」


 智也の浮かない顔を見て、神が聞いてきた。察しが良いところは流石神である。


 「いや、《時間停止》って、ちょっとずる過ぎるって言うか。なんか敵の能力っぽいなって」


 「わかる」


 神が少し大きい声で同意してきた。わかってくれて嬉しいと思うと同時に、この神、なんかオタクっぽいなと智也は思った。


 「じゃあ、《絶対防御》は?攻撃を受けても絶対にダメージを受けない」


 智也は神の提案した《絶対防御》の項目のページを見た。


 「なるほど、これならどんな強敵にも絶対に負けない。良さそう」


 それに、攻撃自体は自身の実力で行う必要があるため、不正感が少ないのも良い。


 「まぁでも、攻撃力が低いままだと、倒すのにめっちゃ時間がかかることになるね」


 「たしかに。ちょっと面倒そう」


 「例えば、巨大ゴーレムだと防御力と体力がめっちゃ高いから、君の全力パンチを120万発叩き込んでようやく倒せるぐらいの計算になるね」


 「120万発!?それなら、一日一万と仮定しても、120日間もゴーレムと戦い続けるはめになるじゃないすか!?」


 「まあ、そうだね。でかいハンマーとか装備していけばもうちょい早く済むだろうけど。......じゃあ、《光線》でどう?自分の体からすげえ強いビームが打てるようになる」


 「強そう。それも良さそうですね」


 智也は《光線》の項目へと目を通した。しかし、どちらかというとその横の《狙撃銃》が気になった。

 《狙撃銃》は好きな時に狙撃銃を取り出せる能力で、更に弾丸の種類も色々あるようだ。


 「この《狙撃銃》ってのもいいですね。ファンタジー世界で無骨なスナイパーライフルを担いで敵を倒しまくる。かっこいいっす」


 「いいね。でも、だったら《光線》のほうが便利じゃない?わざわざ銃を取り出す必要ないし」


 「うーん、確かに......。でも、格好いいのは《狙撃銃》じゃないですか?」


 「なるほどね。結構格好良さ重視するタイプ?なら......」



・・・・・・・・


 そして、智也と神がチートの話をして18時間が過ぎた。


・・・・・・・・



 「《催眠》とか取る奴絶対スケベな目的だよな」


 「いやいや、《催眠》普通に戦闘も強いから。戦闘中に眠らせたりも出来るし、敵を操ったりも出来るから」


 「まじ?じゃあ《催眠》もいいなぁ」


 智也はそう言うと、神にもらったメモに《催眠》と書き込むとまたカタログ本に目を落とした。

 さーて、どの能力が良いかなぁ......?一旦全部目を通したけど、どれも有用そうだなぁ。


 「えーと......で、田原君、どのチートが良いか決まった?」


 「ちょっと待って。良いと思った候補から絞ってくから」


 「......どれぐらい時間かかりそう?」


 「......あと3日ぐらい?」


 「いや長ぇわ!!!流石に優柔不断すぎ!早くどれか決めてくれ!」


 あまりの智也の優柔不断ぶりについに神が叫ぶ。


 「すんません!もうちょっと!もうちょっとだけ悩ませて!こっちもこれからの人生かかってるんです!」


 智也は突然怒りだした神に驚き、すぐに本をペラペラめくって急いで選んでいる風を装う。


 「わかる!わかるよ!でも長いから!田原君、流石に他の人よりも長すぎる!」


 「いや、どれも魅力的で、ついつい目移りしちゃうんす!急いで考えますんで!」


 「......ちなみに良いと思った候補はどれ?」


 智也は少し照れながら手元の紙を見せる。メモした能力で紙は真っ黒だった。

 多過ぎるだろ......。このまま待っていても埒が明かない事は明白だった。よし、やり方をかえてみよう。神は違うアプローチで能力を決めさせることにした。


 「わかった。君は異世界でどんな生活を送りたいの?それに合わせて能力を決めよう。なんか、こうなりたい!みたいな目標的なの、教えてよ」


 「それいいっすね!」


 神の提案に、本を見ていた智也が顔を上げる。


 「うん。で、どんな感じで生きていきたいの?」


 「......ムで、......フで、......で、......な感じがいいです」


 智也はいきなり声が小さくなり、ごにょごにょと将来像を語る。


 「え?もっと大きい声で言って」


 「......ハーレムで、スローライフで、最強で、一国の王で、めっちゃ仕事もできて、国民や臣下からも尊敬されている存在になりたいです」


 赤面しながら将来像を語る智也。

 一瞬面食らう神。


 「......って欲張り過ぎ!多過ぎ多過ぎ!田原君多いよ!」


 しかし、神は何とかすぐにツッコミを入れた。


 「っすよね!流石に冗談っす!ははは」


 「流石にな!頼むよ、田原くん!」


 「ははは。やっぱ、無理っすよね。はは……」


 智也は冗談と言いつつも、浮かない顔で、段々と元気がなくなってきていた。


 「......え?もしかして、割とマジで言ってた?」


 「......」


 「......」


 そして、沈黙が訪れた。


 「......」


 「......ス、スローライフと国王ってのは、矛盾するかも。あとごめん、転生じゃなくて転移だから、今から王様の子供になるのは無理なんだよね」


 先に沈黙を破ったのは神だった。ここでへたなことを言ったら絶対にこじれる。そう直感した神は、あくまで事務的に矛盾点と無理な部分だけを指摘した。


 「そ、そうっすよね~。たはは......」


 「う、うん......」


 「......」


 「......」


 「わかった!じゃあ職業は?」


 終わっている空気を変えようと、神が努めて明るい様子で話題を変える。


 「職業?」


 「そう、田原君はどんな職業に就きたいの?」


 「え?いきなりなにその質問。......うっ、頭が痛くなってきた」


 神の言葉を聞いて、頭を抱える智也。

 いつかの先生の言葉がフラッシュバックする。あれは、進路相談......?

 『田原はどんなことがしたいんだ?どんな職業に就きたい?』

 勉強。受験。進学。就活。職業。就職。仕事。やめろ、やめてくれ。俺は死んだんだ。俺は異世界転移するんだ!

 智也は突然の現実を思い起こさせる言葉にうなされ始める。


 「違う!違うって!そうじゃない!ほら、職業って言っても、異世界の職業だって!」


 その様子を見た神が慌ててフォローする。


 「異世界の......職業?」


 「そうそう、異世界の職業。例えば、ほら、冒険者、剣士、魔法使い、弓使い」


 幼児帰りをしかけている智也をあやすように、神が脳にやさしい単語を並べていく。


 「騎士、僧侶、盗賊とか?」


 「そうそう!他には?」


 「踊り子、戦士、格闘家、商人とかもいるのかな......?」


 「きっといるよ!」


 「え、待って。もしかして、ジョブチェンジとかもする?例えば、『弓使い』から『狩人』になったりする?」


 「もちろん!そういうのもありだと思う!『魔法使い』から『大魔導士』になったり、『賢者』になったり!」


 異世界の職業の話をしているうちに、智也のしおしおになっていた脳にうるおいが戻っていく。


 「つまり、騎士を選んだら、将来『聖騎士』か『暗黒騎士』になるか選ばないといけないってこと?」


 「そう!それで田原君はどっちにするんだよって話だよ!」


 「ちょっと待って!つまり、『戦士』になって、魔法系のチートを持っていたら......?」


 「前衛でありながら、魔法の遠距離攻撃も出来る『魔法戦士』ということになるね」


 「それ良すぎない!?」


 「いや~、どうだろうねぇ。私はせっかく魔法系のチートなら、職業も『魔法使い』になって、魔法特化型が好みだね」


 「え?神はそっち派?じゃあ、《透明》のチート、俺だったら『魔法使い』になって、見えないところから魔法を放つけど、神は?」


 「そりゃあ、《透明》なら、『盗賊』とか、『忍者』とかで、めっちゃ隠密に特化するでしょ。暗殺とか決めまくりよ」


 「なるほどね~。いや、わかる!実際そっちも魅力的なんよな~!」


 「でしょ?」


 「でもさ、例えば戦場で、透明になって、見えない状態で雷の魔法を放つことで名が知られて、『不可視の雷(インビジブルサンダー)』とかいう異名が付いたら、めっちゃカッコ良くね!?」


 「やばすぎ!かっこよすぎる!うわ、それめっちゃいいじゃん。もう田原君それで行きなよ」


 「いやいや!待ってよ。可能性はまだまだいっぱいあるでしょ。ちなみに、その異世界って、いくつかの国があって戦争とかもしてるタイプの異世界?それとも、なんか魔王と人類が対立してるだけのタイプ?」


 「もちろん、いくつかの国があって戦争もしてるタイプの異世界です。ちな魔王もいます!」


 「全部盛りじゃん!っていうか魔王がいるなら、人類同士で争ってる場合じゃないんじゃないの~?」


 智也はもはや自分が今から転移することも忘れて、他人事で異世界事情をいじりだす。


 「あ、思いついたの言っていい?」


 「あ、神も思いついた?いいよ」


 「《絶対防御》のチートで、職業『魔法使い』で、自爆を全く恐れずに火炎魔法で戦うことから、『(ある)火災現場(かさいげんば)』とか呼ばれたい」


 「いいね~!無骨な感じがして良い!なんかちょいダサな感じが逆に良いんだよな!」


 「でしょ!?わかる!?あと、やっぱり単純に強いだけよりも、なんか特徴、普通じゃ無さが欲しいよね!」


 「わかる!......わかるけど、それはそれとして、ただめっちゃ強いだけも良くね?逆に短く、二つ名『剣聖』。これやばいでしょ」


 「わかる!それはそうだけど、でも、どっちかっていうと田原君は普通じゃない能力の使い方するタイプじゃない?」


 「やっぱ神もそう思う?なんかオリジナリティ欲しいよなぁ。じゃあさ......」




・・・・・・・・


 そして、智也と神が異世界の職業とチートの話をして8週間が過ぎた。

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