第二話 出羽ダイチ
「やはり現世は賑やかでいいですね。あの人はサトルと同じ服を着ていますがお知り合いですか?」
「これは俺の学校の制服だよ。現代では同じ学校に通う人は同じ服を着るんだ。天界ではみんなどんな格好をしているんだ?」
「私のいたところでは、みんな華やかな服を好んで着ていました。でもみんな同じような系統ばかりだったので・・・それに比べて現世はいろんな服があってわくわくします!」
マヤは目を輝かせて、興味津々な様子で道行く人を眺めていた。
俺たちは、今バスに乗って学校へ向かっている。初夏を迎え青々とした街路樹をぼんやり眺める。マヤは今俺の隣に座っているがその姿は誰の目にも映らない。
どうやらマヤは俺以外の人には見えないらしい。今日一緒に学校に行くと言い出した時は焦ったけどこれなら心配ない。幸い人も少なく俺が一人で喋っていても奇異の目で見られることはなかった。
「次は大日高校前。大日高校前。」
次のバス停の名前が読み上げられ、俺はボタンを押す。
「ふふ。いよいよサトルの高校ですね。」
「ここからはもう喋れないからな。」
(わかりました。少し寂しいですけど。)
マヤは人の心を読むことができ、テレパシーを使って会話をすることもできる。
なら最初からテレパシーだけでいいじゃないかと思うかもしれないが、俺の場合心の声と言いたいこととが混ざってしまうため、意外とこれが難しい。だからなるべく口頭で会話するようにしているのだ。
しかし不思議だ。校門までの坂を上りながら思う。俺の目の前には確かにマヤはいるのに、他の人は見ることができない。その証拠に周りにいる生徒は誰もこちらに目を向けていない。
──俺以外にもマヤが見える人はいたりするのだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
SHRが始まるまでまだ時間がある。
俺が席について本を読んでいると、アイツに話しかけられた。
「おっすー!サトル元気?今日はなんだかいつもより元気がない気がするけどー?」
「いやー。昨日はなんかいろいろ考えこんじゃって寝られなくてさ。」
「うむうむ。我々学生は悩み多き年頃ですからな。俺も昨日は友達と長電話してしまって夜更かししちゃったよ。俺三時間しか寝てないわー。みたいな?」
「出た出た。寝てない自慢してウザがられるやつ。」
こいつは出羽ダイチ。高校に入って知り合いがいない俺にも、優しく話しかけてくれた良い奴だ。
ダイチは陽気なクラスのムードメーカー、入学してから一か月で同学年全員と喋ったという伝説持ちでもある。まあ陰キャの俺とは真反対の性格だ。
でも俺とダイチは仲がいい、正反対な性格ゆえに惹かれ合うものがあったのかもしれない。
「でもそんなに長電話して何話すんだよ?」
「テキトーだよ。テキトー。俺喋るの好きだし、気づいたらいつの間にか何時間か経ってたりすんのよ!まあ人気者は困りますわ。」
「オイ。俺への当てつけか。」
俺はツッコミを入れる。とそこでダイチを呼ぶ声が聞こえた。
教室の扉の方を見ると、こちらのほうに手を振る女の子の姿が見える。
「すまん!呼ばれてるからちょっくら行ってくるわ。また昼休みな。」
「おうおう。行ってこい。」
俺はダイチを送り出す。友達が多いと言うのも考え物だな。自分が言うとひがみにしかならないことを思う。たまに羨ましくなることだってある。
だって俺には女の子の友達は一人もいないし。(←ココ重要)
でも、俺はああいう風にはなれないな。生まれ持った性格も違えば、あいつにはある愛嬌も俺にはない。多分友達がたくさん囲まれていても疲れてしまうのが目に見えている。
俺には一人の時間が必要なことを俺自身がよく知っているのだ。
──その時の俺は、ダイチを睨みつけるマヤの視線にまったく気づかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
放課後、夕陽が教室をオレンジ色に染める。教室には俺以外誰もいない。
自習をひと段落終え、参考書を片付け始める。集中して取り組むことができ満足感があったが、俺には一つ心残りがあった。
ダイチと昼休みには会えなかったことだ。最近のダイチは忙しい。前は一緒に食べて駄弁るのが日常だったが、最近はその頻度が急に減っていた。
あいつは人気者だ。そんなことは分かってる。俺ともっと仲良くしてほしいなんて我儘言っちゃいけないことも。でもこんな急に変わったのは何か原因があるのだろうか。
「─ル。──サトル。」
「おわっ。急に驚かさないでくれよ。」
「すみません。何度か声をかけたのですが・・・。」
学校に来てから姿を消していたマヤが突然現れたことに吃驚する。
「学校は楽しかったか?現世の若者はこうやって勉強してるんだよ。まあ天界から来たマヤからしてみれば、つまんないこと勉強してるんだなって思ったかもしれないけど。」
「いいえ。そんなことはないですよサトル。学ぶことは違えど私だって以前はこのように勉強していました。その場所、その時代に合った教育があるということです。」
マヤは慈愛に満ちたまなざしを俺に注ぐ、しかしその目が真剣な目つきに変わる。
「そんなことよりサトル。あなたのお友達、ダイチについてですが・・・おそらく彼は煩悩の悪魔に憑りつかれています。」
「え?」
「あなたが喋っている間ずっと彼のことを観察していました。普通の人間にはある程度気が巡り流れていくものです。しかし、彼の気は煩悩によって流れがせき止められていました。さらに、彼が喋っているときの『声』には魔力が感じられます。おそらくこれは悪魔の力によるものでしょう。」
・・・ダイチが悪魔に?朝話した時はいつも通りで何も変わった様子は無かった。変わったことといえば最近友達と遊んだり、忙しそうにしているくらいだ。まさかそれと悪魔と何か関係が?
「サトルも薄々気づいているはずです。なにか嫌な感じのする違和感を。このままだと彼は大変なことになります。」
「大変なことって?俺はどうすれば・・・。」
「昨日も言いました。あなたには超能力があります。悪魔を打ち倒すことができる力が。このまま放っておけば彼は悪魔に魂を食べられてしまう。あなたなら彼を、ダイチを救うことができます。もうすぐ日が入り、悪魔が姿を現す時間になります。彼の場所に心当たりは?」
ダイチが今いる場所。まだ夕方だし家に帰っていない可能性もある。もしかしたらと俺は思い、スマートフォンのアプリを開く。
「イソスタ」。写真や動画を共有できる大人気SNSだ。ダイチはフォロワーも多く、ほぼ毎日といってもいいほど投稿している。
「あった!!ダイチは多分いまここにいる。」
ダイチは友達とボウリングをしていてる投稿をアップしていた、俺はマヤに画面を見せる。
「さすがです、サトル!ところで・・・ここはどこなのでしょうか?」
困り眉で気まづそうにするマヤ、夕陽に照らされた顔は俺が今まで見たどんなものよりも綺麗だった。