4.ニンゲン
サルにウサギ、イヌ、バク。
ポップコーンをつまみ食いした俺は、映画館に住み着いているという動物たちに囲まれ、尋問を受けている。
「じゃあ、お前は、その知り合いの『早織姉ちゃん』とやらを探しに、この世界に来たってことか?」
「だから……そうだって言ってるだろ」
大人気ないことはわかっているけれど、どうしても苛立ってしまう。
動物たちは順番に自己紹介をした後、このおかしな世界について説明してくれた。
魔法が使える?
動物がしゃべる?
ニンゲンが滅びた?
落ち着けと言われても無理だ。
「生きたニンゲンに会えるとはね」
イヌがそうつぶやく。
生意気そうな顔をしているけど、少なくともサルよりは友好的な態度だ。
「イヌさんは、ニンゲンと暮らしていた事があったそうです。ぼくらの中では一番ニンゲンに詳しいんですよ」
と、ウサギが説明する。
そう言うウサギは、俺がちらっと横目で見るだけで、「ひゃっ」と言って首をすくめる。
そのびくついた態度にまたイライラする。
「飼われていたって事か?」
彼らに話を合わせるべきだろう。
下手に刺激しない方がいい。
俺の質問に、イヌがあいまいに頷く。
そして言った。
「私、まだあきらめてないの」
「何を?」
「迎えに来てくれるかもしれない、ってこと。今でも待っているの。『お待たせ。さあ一緒に帰りましょう』って迎えに来てくれるの」
主人が迎えに来るのを待っている、ということだろうか。
ニンゲンが滅びたと言っているのは彼女たちだというのに、なんだか矛盾している。
動物たちは、ロビーにあるイスに座り、サルの用意した『朝ごはん』とやらを食べている。
ウーロン茶に、ポップコーンが朝食とは、俺は本当に異世界に来てしまったんだ。
みんな器用にポップコーンを口に運ぶので、俺もそれに習った。
見渡すと、元は赤かっただろうじゅうたんが変色していたり、ライトやショーケースが割れていたり、この映画館は本当にボロボロで、俺の知っている隣町の映画館とはまったく様子が違っている。
それに、やっぱり妙な匂いがする。
「よく、昔話をしてくれたの。『つるのおんがえし』とか『うらしまたろう』とか」
ニンゲンの思い出話を語りながらイヌは、ニっと笑った。
その笑顔が、なんだかとても小賢しい。
「ニンゲンってつくづくお馬鹿さん。開けちゃいけない扉とか箱を、どうして開けちゃうのかしらね?」
余計なお世話だ。
無性に何かに当たり散らしたくなって、俺はウサギをにらみつけた。
ウサギの方は、俺と目を合わせないように必死なようだが、俺のきつい視線に、今にも泣きそうだ。
そんな時、サルが横から口を挟んだ。
「お馬鹿さん、か。『待て』と命令されただけで、ずっと待ってるイヌの方が、よっぽど馬鹿に見えるけどなあ」
あきらかに、イヌにケンカをふっかけているようだった。
サルの言葉に、イヌはフンと鼻を鳴らした。
「イヌはニンゲンに信頼されてたの」
「ニンゲンなんかに信頼されて嬉しいのかよ」
「ご先祖様だって、宇宙に行った事があるんだから」
「うちゅうだぁ?」
「ロケットに乗ったの」
「先祖自慢かよ」
ウサギが仲裁に入ろうとオタオタしている様子を、ぼんやりと眺めていると、ふと、下の方から視線を感じた。
バクという子が、俺を見上げている。
そういえばこの子は、まだ一言も口をきいていない。
「何だよ」
バクに向かってそう言ったけど、彼女は何も言わず、見つめ返す。
そうしている間に、とうとうイヌとサルはつかみ合いのケンカになった。
イスが倒れる音がじゅうたんに吸い込まれる。
ウサギは突き飛ばされて転がり、バクは黙り込んだまま。
「ちょっと、やめろよ」
結局、俺は仲裁に入った。
「魔法とやらでしゃべれるようになったんだろ。せっかく手に入れた力をケンカに使うのかよ?」
これでもかというぐらい、皮肉を込めて言った。
イヌは気まずそうに舌を出し、サルは手で頭をかいて、ケンカを中断させた。
こいつらの言う、魔法とはいったい何なのだろう。
「もう、やめてくださいよ。サルくんもイヌさんも」
ようやく起きあがったウサギは、その拍子に頭をテーブルにぶつけ、またうずくまっている。
涙目になりながらも、彼は訴えた。
「今日の月旅行では、ぜったいケンカしないでくださいね」
月旅行?
「何だよそれ」
よせばいいのに俺は聞いてしまった。
早く、早織姉ちゃんを探さないといけないのに。
「みんなで、月面着陸の映画を観るんです。みんなで観れば、ぼくらも月に行ったみたいでしょう? だから月旅行なんです」
ウサギとイヌとサルとバクが、四匹でロケットに乗って月に向かう。
「なるほど。『月旅行ごっこ』か」
思わずそう口にすると、みんないっせいに不機嫌になった。
「『ごっこ』じゃない」
サルがむすりと言う。
少し傷ついた顔をしていて、なんだか悪い事をした気分になる。
「いや、いいと思うよ。こんな状況なのに、うん。楽しそうだな。うらやましいよ」
あわてて取り繕うと、イヌが、とんでもない提案をした。
「じゃあニンゲンさんも一緒に月に行く?」
俺は丁重にお断りをした。
だけど、ウサギとイヌは勝手に盛り上がってしまい、バクも俺の制服のすそをしっかりと握りしめてしまった。
残るサルは、どうでもいいという顔で、ポップコーンを頬張っている。
面倒な事には手を出さないつもりか。
俺は、早織姉ちゃんを探しに来たのだ。
異世界に来たかったわけでも、動物に会いに来たわけでも、映画を見に来たわけでもない。
なのに結局、俺は月旅行の仲間に入れられてしまった。
これも魔法の力だろうか。
だけど、一つ気になる事がある。
この四匹に魔法をかけた魔法使いは、どこにいるんだろうか。
そう考えると、腕に鳥肌がたった。
あのひび割れた扉の前に立った時と同じ、嫌な感じがした。
そして、その予感は的中することになる。
俺は「魔法使い」と対決しなくてはならない運命だったのだ。