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連載未定の短編集

【短編】ED後なら迫ってもいいですか?

作者: たみえ

男性視点として『【短編】ED後なら迫ってもいいですか? Another』投稿しました。

後書きに追記したURLか、短編シリーズから是非ご一読下さい。


 古代から存続する大都市を舞台に繰り広げられる、謎解き爽快アクション探索RPGの世界。その中での私の役割は、住人Mとかその辺りだと思う。

 そんなことに気付いたのは、近頃巷で騒がれる事件の数々を追い始めてからだろうか。それとも、()()()に一目惚れした時からなのだろうか――。


 どこかミステリアスなバイオレットの髪、鋭い目つきなのに暖かい色合いの緋色の瞳。彼は主人公ではなかった。主人公が出会う初期の仲間の一人だった。

 職業は騎士様。酔っぱらった彼と主人公が初めての出会いで喧嘩し、それからも喧嘩ばかり。でも、なんやかんやで次第にお互いを認め合っていつしか無二の親友になるのだ。


 私はちょうど、彼らが喧嘩をする場面に野次馬として通りがかって、彼を見つけて一目惚れしたのだ。それからというもの、こっそり新聞記事で彼らの活躍を読んだり聞いているうちにふと、違和感に気付いたのだ。


 ――この事件知ってるな、と。


 転生に関しては普通にただただ転生しただけだと思って生きていた私は、そこで初めてこの世界がプレイしたことのあったRPGゲームにそっくりだと気付いたのだ。

 それも仕方が無いのかもしれない。


 都市の構造はゲームよりも煩雑だったし、移動できるエリアもフィールドも限られていたし、工事や建て替え、引っ越しなどで店や人に日々変化があるのだ。全てが全く同じになるわけがない。

 何より二次元が三次元になってすぐに「あ! あの場所と同じだ!」と気付けるような人のほうが少ないと思う。よほどやり込んでない限り。すぐに気付けなかったのは私の仕事も関係しているかもしれない。


 私の()()()仕事は零細ポーション屋さんだった。何か特別な効果や先祖伝来の伝統があるわけでもなく、昔からご近所で評判、というわけでもない。

 仕入れは店兼家の裏手にある薬草園で揃うし、調薬は自分でできる。定期便で食料を届けてもらっているからか外出の機会は恐ろしく少ない。外の事情にはかなり疎い自覚はあった。


 私のお店は通りがかったコンビニ感覚で立ち寄ってくれた冒険者という顧客を得て、細々とした収入を得ているタイプの店だ。

 今世は娯楽がかなーり少なく、かといって唯一と言っていいほどお金がかかるだろう宝石やドレス、絵や美術品なんかに特別興味があるわけではない。


 ゲームに課金したり、テーマパークなんかで遊んだり、旅行や飲み会に行ったり、音楽や本をDL購入したり、サブスクや謎のオプションで細々とむしり取られていたりと、生きているだけでお金が多く掛かっていた前世と比べ、有り難いことに今世は特に散財する必要もなく生きていける。

 今世、とつくからには勿論前世というものがつきものである。


 私の前世はどこにでもいるような派遣社員であった。正社員になるのは就活している早い時期に諦めてしまっていた。

 もともと何事にも事なかれ主義で熱心ではなかった上に、周囲に言われるまま大学まで進学したものの、いざ卒業したら自身が何をしたいのか何も分からないまま放り出されたのだ。当然の結果だったのかもしれない。


 あの就職氷河期時代に、正社員になって何を成すのか、当たり前に用意されたテンプレートを熱意をもった風に見せて行う就活という行為に疲れたとも言える。

 そういう点では今世は恵まれたほうだと思う。なにせ、就活せずとも親から受け継いだ店舗と、たとえ店が終わってもどこでもどうにか生きていけるだけの技術を得られたのだから。


 私はきっと受動的な人間なんだと思う。言われないと出来ない。分からない。でも言われたらちゃんとやるし出来る。気付けば毎度毎度周りの意見に合わせてしまって自身の意思と言われても困ってしまうだけで分からない。そんな人間。

 それに気付いた時には手遅れで、大人になってから根本的に変わるには無理だと、またしても薄弱な意思で全て諦めてしまっていた。


「――今晩、どうですか?」

「あ?」


 胸元が大きく開いた町娘のドレスで屈んでわざとぱたぱたして胸を見せつけつつ、零れ落ちる髪をそっと耳に掛けながら酔っぱらった想い人に上目遣いで私史上最高に大胆に迫る。

 ……ちょっとやり過ぎただろうか。いや、この世界観ならむしろ控えめな誘い方では……。などと、あまりに彼の反応が遅く感じた為、ここまでやっといて不安になってしまった。


 今はちょうどED直後だと思われる。皆でわいわい宴を開く様子のスチルは前世で若い頃にゲームクリアした記憶なので曖昧だがうっすら覚えてる程度でも間違いはないはず。

 大きな事件を解決して、町全体がお祝いムードなのだ。飲めや歌えや、盛大に騒げやという感じで周囲はべろんべろんの酔っぱらい集団ばかり。

 周囲に彼の仲間や主人公はいない。仲間たちはあっちこっちに引っ張りだこで、彼はいち早くその輪を抜けて一人黙々とお酒を飲んでいたのだ。


 ――チャンスは今しかない。


 今を逃せば、常に仲間の誰かと行動していた彼と二人きりになれるチャンスがあるかは分からない。もうEDを迎えたから常に誰かが居る状態ではなくなると思うけど、絶対ではない。

 それに、彼が素面の状態の時に声を掛ける勇気は無いし、そもそもこういうお祭りどきみたいに大勢の人が外に出ている今だけならばともかく、日本の治安に慣れた私には法の概念が薄いこの世界で女一人外を出歩くのは怖いのだ。


 私にとって、この勢いのままの行動は前世含めて大大大冒険であった。


 なにせ、普段から受動的な人間が恋愛において積極的になれるかと言われるとほぼ無理だと思うから。そんな私の記憶がある今の私も基本的には同じ性格だと言って良い。


 ――だけど、初めて本気で恋した。好きになった。一目惚れ。本気だ。


「――いいぜ」


 やっぱりこんな魅力の無い女じゃ無理か……と諦めかけていたところでなんとか良い返事を貰えて変な話、まずはほっとしてしまった。

 ガタッ、と隅で隠れて飲んでいた席から彼が立ちあがって私の腰に手を回す。そのまま流れるような見事に手慣れたエスコートで酒場備え付きの宿らしき部屋に連れ込まれて私の目標は無事達成された。


 ――これが最初で最後の勇気でいい。


 どうせ、相手はモブ以下の平凡な町娘のことなんて知らないだろうし、元より遊び慣れてモテる人だ。明日にはあっさり忘れているか、顔も思い出せずにまあいいかと気にしなくなるだろう。

 厚化粧でなんとか美人になるようにめかしこんだモブの町娘なんてすれ違っても分からないし、他の女の子と寝ていればすぐに忘れられるレベルの容姿だと思うから。


 滅多に外に出ない私に会ったことのある人も少ないから、今後調べたとてなかなか見つからないだろう。……まあ、たった一晩の冴えない女を探すような人だとは思えないけど。

 住んでる区画も違うから、ばったり会って気まずく思うことも無い。今まで、こんなに成し遂げられて嬉しかったことがあっただろうか。

 窓から差し込む朝日が眩しい。


 ついに、私は自分の意思で、勇気を出して行動出来たんだ……。


「……ありがとう、ございました」


 ED直後でまだ疲れているのだろう。すやすやと眠る彼を見下ろして自然と顔が綻び、感謝の気持ちが湧いた。声に出た。

 ……初めて本気の恋をした。初めて自分の意思で積極的に動けた。初めて勇気を出した。初めて生きてて楽しいと思えた。全て彼のおかげだ。それを自信にしてこれからもひっそりと生きていこう。


 彼を起こさないように手早く着替えて宿を後にする。片付けをしていたのか、酒場のおじさんにギョッとした顔をされたが、料金だけ支払ってさっさと外に出たのだ。

 昨日の喧騒が嘘のように静かな朝を迎える街中を帰途につく。ところどころ道で仲良く倒れ伏している酔っぱらいたちは昨日の名残だろう。どこか愉快な気分になりながら足取り軽く実家兼お店に帰った。

 こうしてあっさり、本当にあっさりと何事も無かったように終わった。


 もしかしたら、なんて何度か妄想したこともあったけど……。


 彼らが無事にゲームのEDを迎えた今、苦楽を共にし、好意を隠そうともしない彼の仲間である大きな商家ご出身のご令嬢で、更に幼馴染であるという可愛い女の子のほうが、跡は継げないとはいえ貴族の血筋である彼にはお似合いだと誰もが思うだろう。

 どう考えても私はお呼びじゃないし、釣り合いもとれないだろう。それに自意識過剰で恥ずかしい。私が彼に選ばれるなんてありえ無いだろうに。せめてちょっとだけお情けを貰えればそれでいいのだ。充分。

 だから――


 カランカラン


「いらっしゃいま……」

「――よォ」


 これは、想定外だった。


「半年ぶりだなァ、オイ」


 清廉潔白、公明正大な騎士様にはあるまじき、どうみても堅気じゃない雰囲気で立つ彼がそこにいた。制服を着ていなければ裏社会の人間と言われても誰も疑問には思わないだろうほどのガラの悪さだ。

 しかし好きな人効果か、額に青筋を立てて鬼のように怖い雰囲気だったとしても、怖いという感情より、とてもカッコいいと感じるのが先で、思わずぼーっと見つめてしまっていた。

 そんな私の様子を気にも留めず、騎士様はこちらを睨みながら足でドンッ! と勢いよくドアを閉めた。


 OPENと出していたはずのミニ看板はいつの間にかCLOSEDに引っくり返ってしまっていたが、私がそれに気付く余裕はまるで無かった。

 なにせ、騎士様からまったく目が離せないのだ。はっ! と我に返って気付いた時には時既に遅し。もうすぐそこまで彼が迫っていた。


 まるで肉食の猛獣が獲物の草食動物に襲い掛かるような勢いと圧で迫って来た彼に、我に返った私は反射的にたまらずしゃがんで縮こまってしまい、先程まで立っていたお会計台の中に急いで隠れてしまっていた。

 隠れた直後、バンッ! と頭上で台を手で叩く強めの音がした。出てこい、ということなのだろう。言葉ではない、無言の催促が逆に怖い。私は小心者なのだ。気付けば反射的に言葉が出ていた。


「ご、ごごごめんなさい!」

「あ゛?」

「ひぃぇ……」


 間違ったらしい。いかにも不機嫌そうなドスの効いた声が木の台を挟んでいたせいか木霊して聞こえてきた。今更ながら背筋がヒヤッとした。なんで先程までのんきに彼を見つめていられたんだろう。恋って恐ろしい。

 あまりに怖くてぶるぶる震えながら隠れてしまった私に対し、台パン後の暫くの沈黙の後、業を煮やしたのかドンッ! と今度は軽く台を蹴る音が聞こえたきた。怖い。シンプルに怖い。


 頭の中を駆け巡るのは「なんで」「どうして」ばかり。私が何かマズイことをしてしまっただろうか。思い当たるのは、というよりも彼と関わったのは勇気を出したあの一晩だけだ。

 ならばそれについてだろうか。彼とはっきり関わったことはそれしかない。だが、果たしてたった一晩の女に今更何かあるのだろうか。よほどでなければないはずだ。となると……。


 確かに前世での経験は少なかったし、今世では初めてだったから、何か彼の気に障ることでもしてしまったのかもしれない。

 何が悪かったんだろう。やっぱり未経験だったこと? でもそんなことで男の人がここまで根に持って怒るなんて聞いたことないけど……。なら他に何か? でも何も思い当たらない……。


 もしかしてあの時に化粧が剥がれてしまってて、美人じゃなかったからって今も怒ってるのだろうか。いや、でも店まで押しかけて怒ることなの? なくない?

 私だって当時は精いっぱいおめかしして挑んだのに……。


 あ、待って。もしかしてお金かな? 確かに彼は有名芸能人並みの知名度で物凄く女の子にモテてるし、美人ならともかくそうでない子に一晩の夢の代わりに彼を拘束するお金を要求しててもおかしかくないかも。

 今世の女の子ネットワークの情報には疎いから、そういう暗黙の了解に引っ掛かったのかも。それなら怒るのも仕方ないかな。ホストクラブに遊びに行ったのにお金払わず隙を見て逃げたのと同じだもんね。


 長い沈黙に耐えきれず、極限状態で一人ぐるぐる考えた結果、私はそういう結論に至った。おそるおそる声を出そうとするも、思った以上に喉が渇いて声が出ない。

 無理やり唾を呑み込んで、彼の顔が見えないことを良いことに、壁に向かってぼそぼそと問いかけてみた。


「あ……あの……おいくら、ですか……?」

「あぁん?」

「~~!!」


 悲鳴は出なかった。口を手で押さえていたからだ。ただ、ビクッと彼の低い声に反応してしまったことで後頭部をしたたかに打って身もだえすることとなったが。

 ……もう何が何だか分からない状況に混乱し、挙句の果てに頭を打って凄く痛くて、私はなんでこんなことになってるんだろうと自問自答を繰り返し、こんなに怒るなんて、私の何が悪かったんだろうと無駄に自分を責めた。

 気付けば、静かに次から次へと涙がはらはらと零れ落ちていた。


「……チッ」


 向こう側で小さく彼の舌打ちが聞こえた気がした。あ、面倒な女だって思われたかな。私みたいなのを見つけ出してまで溜まった怒りが彼にはあったんだもんね。

 ……やだな。悔しいな。私は彼にとって一晩だけのどっかの女にすらなれなかった。ここまで怒るほどに最悪な女だったって思われたくなかった。

 忘れられていたほうが、――勇気を出さないほうがよっぽどマシだったのかも……。


「っと」


 と、思考が沈み始めた瞬間。とん、と気付けば目の前に人の下半身があった。えっ、と思う間もなく下半身は下がり、上半身が見え、彼の顔が見え……えっ――。


「……泣いてんのか」


 こくり、と思わず反射的に頷いていた。彼が怒りではなく、どこかバツの悪そうな顔をしていたからだろうか。親に叱られた子どもみたいにどこか幼いその表情に釘付けになってしまっていた。

 いつの間にか身体の震えは小さくなっていて、私の意識の全ては彼に向けられていた。


「ハッ、泣いてんのにいい返事だなァ」


 皮肉げな笑みはいつも彼が仲間に向けていた照れ隠しのようなものだった。たまに、遠目で眺めては一人でにたにたしたものだ。

 初めて間近で見た笑みの破壊力に、思わず状況を忘れて感動してしまった。心のアルバムにシャッターガン押しで何度も保存するほどに。

 と、そんな私の内心は露知らず。彼は当初の威圧感を引っ込めて、静かに言葉を発し続けた。


「……別にお前に何かするつもりはねェよ」


 ぽかん、と顔にもろで感情が出てしまっていたと思う。私の表情を見た彼が今度は苦笑いしつつぽん、と頭に手を置いて言った。


「悪かったな。脅かしちまってよォ」


 反射的にだと思う。彼が言い終わると同時にぶんぶん、と横に大きく首を振っていた。何がツボだったのか。ククク、と彼が喉の奥で笑った。

 ……それを見ていて思考がだんだん正常に戻ったのか、ふと、どうしてこんな状況に陥ってるんだろう、なんだこれ、と思った。


 そこで一連の流れを思い返してみたのだが……首を傾げたくなった。あれ、私やっぱり何も悪くなくない? と。最初からずっと正常な判断が出来ていなかったように思える。

 クリアになりつつある思考が、小さく笑い続けてる彼を不思議な心地で見ていた。ほっとしたせいなのか、お腹が鳴りそうにもなった。そして気付けば私はとんでもないことを口走っていた。


「あの……」

「なんだ」

「その……ご飯、とか食べます、か?」


 あ、まずい。おかしい。私、今正気じゃないかも。


「あ? ……あー。そういや腹減ったな」

「あ、いま! いま用意します!」


 安心してお腹が空いてしまったとはいえ、どうしてそんな誘いをしてしまったのか。話の流れを完全にぶった切った私の提案にも関わらず、彼は何を言うでもなく何を思ったのか目の前から無言でどいてくれた。

 その隙をついて台の下から脱出した私は、そのままの勢いでダッシュでお店と家を繋ぐ扉を開け放ち、パタパタと音を立てながら台所に駆け込んだ。


「これと、これと……あ、これも」


 現在は一人暮らしであり、食べる量や食費などを考えて保存食を中心とした食生活を送っている私ではあるが、結構な大食漢だ。ガッツリ食べるだろう騎士様をもてなせる量くらいは置いてあった。

 風土料理が合わなかったため、昔から前世の知識でもって料理を工夫して食べている。味はここら辺の家庭料理とは違うから、出来るだけここの人に合わせた料理にしたほうがいいかもしれない。

 手早く保存していたスープやお肉を温め、お皿に盛っていく。


「よし。……きゃっ!」

「うおっと。あぶねぇな」


 料理を持ってこうと振り返った時に、台所とダイニングを繋ぐ扉で佇んでいた彼とぶつかりそうになって悲鳴が出てしまった。

 驚いてお皿ごとすっころびそうになったところを抱きとめてもらった。


 完全に一人で暴走してしまっていた。早くご飯を用意しなければ! という思考に絡めとられて、彼を完全に放置してしまっていた。凄い恥ずかしい。

 何が一番恥ずかしいって、一人で暴走した挙句、お客様である彼を放置していた挙句、助けられたことだった。


 きっと急に走り出した私の後をついてきて、そのまま放置されて困ってそこにずっといたに違いないのに。

 ……一人暮らしになってから訪ねてくれる人も殆どいなくて、もてなし慣れていなかったのが完全に仇となった。


「ご、ごごごめんなさい!」

「落ち着け。これを運べばいいのか?」

「は、はい。……いえ! 私が!」

「わーった。わーったって」


 思わず反射で肯定してしまい、すぐに我に返り慌てて訂正した。にも関わらず、彼は適当に返事をしたかと思うと、ひょいっと私を華麗に避けてダイニングまでお皿を連行してしまった。不甲斐なし。

 仕方がないので、残りの料理をもって彼を追いかけた。そして気付いた。料理のお皿が二人分あるのに、イスが一つしかない、ということに。彼は手持無沙汰で立っていた。


「あ……お、お座りになって下さい!」

「座れねーだろ」

「い、いえ。お構いなく……」

「あァ? 他に座れる椅子はねェのかよ」

「はぃぃ……! いますぐ! お待ちをっ」


 サーッと青褪めて、すぐに台所にとって返した。すぐに椅子を持ってきたことで彼も納得したのか、一緒に座って食事が始まった。

 ……今更過ぎるけども、なんだか良く分からない流れでこの状況に至ってしまった。この状況は一体どういうことなのだろう。


 開口一番から怒り心頭だとでも言わんばかりに圧力全開だった彼が、今は目の前で「うめぇ。なんだこれ。うめぇな」と美味しそうにご飯を頬張っていた。

 手料理を褒められて嬉しい反面、怒りは沈静化した様子だが未だにその理由に思い至らない不安があった。


 今なら聞いても大丈夫だろうか。


「あの……」

「ん……なんだ?」


 ご飯の効果か、比較的穏やかに彼が返事をした。


「あの……お、お怒りでした……よね?」

「…………」


 私の言葉に、もぐもぐしながらも彼がこちらを見た。料理を気に入ってもらえたようで何よりだけど、なんだか絵面がシュールだ。

 ごくん、と彼の喉が大きく嚥下の動作をしたので、お水をサッと差しだした。ん、と一言貰ってごくごくと豪快に飲む彼を見つめた。かっこいい。


「ぷはぁ。……別に怒ってたわけじゃねェ」

「えっ」


 明らかに怒ってたのに……という声なき声は聞こえてしまっていたようで、ギロリと睨まれてビクついてしまった。

 ずっと沈黙するのは怖いので、ちょっと早口で問いかけた。


「で、では、こちらへはどういった理由で……?」


 私の言葉に、彼は苦い顔をした。そして前髪をくしゃっと触りながら突撃訪問の理由を述べてくれた。


「特に理由はねェ」


 特段の理由はない、と。明らかに理由があったような表情で。


「……しいて言うなら、最初に言った通りだ」


 最初に、というと……? 私の記憶が正しければ、ここで会ったが百年目! のような獰猛な獣の威圧感で登場した時の言葉だろうか。

 つまり、前に抱いた女にちょっくら挨拶くらいはしてやろう、という軽い感じだったのだろうか。


 男女の駆け引きには疎い自覚はあるので、もしかしたら普通はここまで怯えるようなことではなかったのかもしれない。彼がモテる理由はそういった普段からの細かな挨拶などの積み重ねなのかもしれないし。

 私はそのノリが分からず無駄に怯えて……ありえる。充分に。彼としては偶然見かけたから声だけ掛けていこうと思い立っただけだったのかもしれない。半年前と言ったのも、ちゃんと覚えてるよという言葉の裏だったのかも。


 彼に迫ったことのある積極的で遊び慣れた女の子だったら、私のこと覚えてくれてたんだ! って逆に感動する場面だったのかも……。その考えに思い至った途端、とてつもなく申し訳ない気持ちになった。

 彼としても、まさか軽い挨拶のつもりが、ここまで怯えられるようなズレた娘だとは思わなかったのかもしれない。


「えっと……偶然立ち寄って挨拶をした、ということでしょうか?」

「……まあ、そんなところだ」


 どこか言いにくそうな彼の感じにやっぱり……と自分の考えが正しいと悟った。そりゃあ私がグイグイ系の子なんだと勘違いしてたら、合わせて彼もオラオラするかもしれない。モテ男だもの。

 それから彼が食べ終わるまで、変な沈黙が二人の間に落ちた。ちなみに私は大食漢であることが知られたら彼にドン引きされるかもしれないという乙女心から、少量しか用意しておらずすぐに食べ終わっていた。


 彼も無言で食べ終わり、なんだか変な空気になっていたので、お皿を下げて私はその場からしばし離脱した。

 そして片付けがそう長くかかるはずもなく、片付けの音が止んだのは聞こえてるだろうから逃げるわけにもいかず、ダイニングに戻った。


「あ、あの……」


 そこから言葉が続かない。どうしてこんなことに……と、よく考えなくとも自分が招いた結果ではあった。そんなおろおろする私をしばらく観察していた彼であったが、気を利かせたのか「帰る」と言ってくれた。

 思わずホッとして、胸を撫で下ろす。そのまま彼を見ずに、お見送りの為に先にお店のほうまで足取り軽く移動した。そこで初めて入口の看板が裏返っていることに気付く。


「……あれ?」


 開け忘れていたっけ? などと暢気に考えながら看板を裏返そうとして手を伸ばし――。


 ――トン。


「――気が変わった。帰らねェ。今晩泊めてくれや」

「へっ?」


 顔の横から伸びる鍛えられた逞しい腕と扉についたゴツゴツとして騎士らしい無骨な手。首筋と耳を這うように聞こえた彼の低い声と吐息。思考が停止した。

 全身から顔に向けて全ての熱が集まったみたいに意識が朦朧とする。何かを言わなければ、と焦った私が口にしたのはなんとも残念な言葉だった。


「おっ、お勤めがあるのでは!?」

「明日まで休みだ」


 ――偶然ですね! うちのお店も明日はお休みなんですよ! 是非泊って行ってください!


 ……などと、咄嗟に言えるわけもなく。

 即座に返された予定に無様に言葉が詰まっただけであった。

 ……えーっと。

 これって、つまり……そういうこと、ですよ、ね……?


 誰への問いかけなのか、無駄にきょろきょろと誰かの助けを求めてしまった。こういうの慣れてないの! どうすればいいの? 教えて、プレイガール!

 私の心の悲鳴は露知らず。彼は躊躇することなく私の理性にトドメを刺しにきた。


「――嫌、か……?」


 顔が見えない効果なのか、声だけで感じとれた彼の憐れ感や捨てられ感は凄まじかった。思わず、私の思考と理性は停止したまま、彼が好き! という本能むき出しで力強く回答してしまっていた。


「い、嫌ではない、です! はい!」

「ふ……」


 あまりに鼻息荒く力強く返答したせいなのか、彼がわずかに微笑ともいえる声と共に吐息を漏らした。首が凄くくすぐったい。

 ぎこちなく、ぎぎぎ、と錆びたロボットのように動き出した私だったけど、彼を直視しないことで、振り返らずなんとか彼を寝室へと案内することが出来、再び彼と一夜を共にしたのであった――。



 ――この時の私は思いもよらなかった。


 まさか、この日からずっと気付けば彼と頻繁に会うことになって、会う度好きになって、いつの間にかデートする仲になってたり、何度も何度も色々な課題を前に苦しくなったりもしたけれど、その度に彼と一緒に乗り越えて最終的に真剣なお付き合いをすることになるなんて。

 再び、偶然巡って来た幸運なのだと思っていた、上の空の私には予想すら出来ない未来だった。ED後なら迫ってもいいんですね、と。


――完――


 書きながらずっと「きゃー」と叫んでた作者です。

 この前、リアルで夢に見て、第三者視点とはいえあまりに二人が「きゃー」過ぎて作者が耐えられず「ぎゃー」と飛び起きて寝不足になってしまったお話です。


 上手く文字で再現出来たかは分かりませんが、読んだ方が同じく「きゃー」となって身悶えしてくれたなら幸い? です(笑)

 よろしかったら「いいね」もしくは感想、評価を頂けると嬉しいです。

 他の作品もよろしければご覧ください。




追記


男性視点として『【短編】ED後なら迫ってもいいですか? Another』投稿しました。

下記URLか、短編シリーズから是非ご一読下さい。


https://ncode.syosetu.com/n3035hn/



たくさんのいいね、嬉しい感想、評価をありがとうございます。

とても嬉しかったです(*´▽`*)

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― 新着の感想 ―
[一言] いや主人公コミュ障過ぎというか情緒不安定過ぎる。こんな女いるか?w
[良い点] すっごくおもしろかったです。 短編なのがもったいないくらいでした。続きとか、もっともっとたくさん読んでみたいです・・。|д゜)チラッ 私もキャーキャー叫びっぱなしでした。 [一言] 素敵…
[一言] 確かにこれ夢で見たらギャー!!ってなりますね…!! 夢って妙なリアルさありますよね…。
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