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シリアスを返せ、珍獣がぁぁ!!

作者: 氷水

 

 ――油断、慢心はどんな強敵も絶対に勝てない強大な敵。


 漆黒の毛皮をもつ犬。いや、さらにもっと大きいオオカミだろうか。鋭い槍のような爪を持ち、素早い動きで動き回る。


「消えろ」


 だが雑魚に変わりない。俺は的確に奴の隙を縫うように、指で爪のように伸ばしていた針を飛ばす。一撃をまともに受けた邪鬼はきったねェ断末魔を上げ、下から昇天でもするように消えていった。

 廃墟に再び静寂が訪れる。


「いちいち埃のように出やがってよ」


 ま、こっちの懐も潤うから、邪鬼退治も楽な仕事だ。呼吸を整えつつ、ポケットに入っている携帯で番号にかける。


 ピーーヒョロロロ。


「終わったぞ」


「そうか。なら、栄久恒人(えくつねと)。後はこっちでやる」


 俺はその後、組織に詳細を告げ電話を切った。




 時は平成。文化が発展し、一昔では考えられないほどの高層ビルが立ち並ぶ。

 そんな世界に潜む、人に仇名す邪鬼共。世間で日の目をあまり見ない奴らは、暗闇に紛れて人々を襲う。昔は数こそ少なかったがある一件、【空亡(そらなき)】をきっかけに爆発的に増大した。

 毎日何百人もの被害を出す邪鬼。これを重くみた政府は、邪鬼を退治する陰陽組織、AOSを設立。その中で仕事を請け負っているのが、俺たち。陰陽士と呼ばれる者たちだ。


 つっても発見は全て手動だから、仕事なんてそうそうこねぇけどな。


 いつもの通学路。いつもの教室。俺は自分の席に鞄を下ろし、かったるしさにあくびを溢す。


「フフフ、どうよこの眼帯! カッコいいだろぉ!」


 教卓で騒いでいるのは、一匹の珍獣。ったく、見えない奴は良いよな。気楽でよ。

 ふと窓の外を見てみれば、何の害もない浮遊霊がふよふよ目的無く漂っている。あいつらも、この世に未練があるくせに大概自由だよな。


「ちみちみぃ~、何を見ているんだ~い?」 


 早くどっかの動物園の御者が持って行ってくんねぇかな。つかこっちくんな。頭を叩くな。お前(バカ)になったらどうする。


「うぜぇ」


 俺は珍獣の手を払いのける。払いのけられた手を冷ますように振り、


「そう言うなよ。ボクとちみの仲だろ?」


 マセガキのような笑みを浮かべて覗き込んでくるのは、幽鬼妖魄(ゆうきようは)。それがウザい珍獣の名だ。

 元々頭に不治の病を患っていたが、トラック事故以来さらに悪化。髪を白銀に染め、目に青のカラーコンタクトを入れて、隠すように眼帯をしている。要は痛い系女子だ。周りからは黙ってれば人形とか評されている。


 俺からすれば、ただただ迷惑な奴に変わりない。


「知るか」


「はっはっはー! 相変わらず可愛い奴だな、ペンダントなんてつけちゃって~」


「触んな!!」


 沈黙が訪れる。誰もがひそひそ話で俺を煙たがり、遠巻きに見て疎遠にする。元々俺は愛想がいい方ではない。


「悪かったよー。それでちみは、何を見ていたんだい?」


 そしてどういう訳か俺は、この珍獣だけは毎回毎回絡んでくる。うっとおしくてたまらない。

 学校のチャイムが鳴る。担任が数分遅れて教室に入り欠を取り、今日も又退屈な学校が始まった。


 *  *  *


 外はすっかり夕暮れ時。後数時間くらいで、奴らは活発になるだろう。俺は鞄を肩にかけると、そのまま教室を出ていく。後ろからなんか獣の声が聞こえる気がするが、だるい。


 家につくと、胸元から下げていたペンダントを戸棚に仕舞い込む。電気をつければ、誰もいない哀愁漂う空間が出迎えてくれる。本当に、誰もいない。待っていたとしても、もう誰も帰ってはこない。電気をつけているのに、部屋の中は薄暗い。そんな家で俺はひとり暮らしをしている。もう慣れたものだ。


 鞄をソファーに放り投げる。キッチンに行き、適当に料理を作って食べる。テレビをつければ、また犯人がどうの、強盗がどうの、自治権がどうのと妙に耳に残る。食器がぶつかり合う音は、空しく響く。


 ピーーヒョロロロ。


 ダイヤルアップ接続音。アドレスは……組織か。


「暇か?」


 電話に出ると、聞こえてくるのは若い男の声。


「食ってる最中だ。現れたのか?」


「ああ、場所は東Bエリアのショッピングモール。報酬は5万でどうだ?」


「すぐ行く」


 さて、仕事の時間だ。武器を多く持てる戦闘服に着替え、戸棚からペンダントを取り出し首から下げる。


 どうせ今回も外れだろう。だが邪鬼には違いない。あんなクソは、この世に存在するべきじゃない。

 明るい電球をパチリと消し、薄暗い部屋は完全に暗くなる。誰に言う訳でもなく、「行ってくる」と一言呟き家を出た。


 暗い夜道を駆け抜ける。チカチカとするネオンが自分だけを主張し、馬鹿の一つ覚えのように人が駅に集中して向かっていく。


 そうして東Bエリアと名付けられたショッピングモールに辿り着く。夜からが本番だというのもあり、多くの人で賑わっている。


 こいつらも命の危険が迫っているだなんて思ってないだろうな。


 邪鬼を探すのに、特別な道具はない。外部から誰かがバックアップしてくれるわけでもない。地道に一つ一つ怪しい場所がないかを練り歩く。自分の足だよりだ。


 バチバチとしつこいほどに光る電球。なのに不自然なほど真っ暗な一角。そこだけ外界から切り離されたように、光は一切入っていない。――ああっ、あそこにいるのか。


 俺が足を一歩踏み入れると、かすかに何かが動く気配がする。近くにある棚がガタガタと揺れ動き、その巨体を現した。

 鱗のような漆黒の外装に、全身から黒い瘴気が浮かんでいる。コウモリのような翼を見るにこいつはガーゴイル型か。


 ガーゴイルは翼をバサッと、くだらない自慢をするかのように広げる。やかましい雄たけび上げ、姿勢を低くする。


 ――馬鹿か? そんな分かりやすい弱点見せつけてよ。


 俺はジャケットの裏に縫うように入れている針を手に取る。素早くダーツのように投げると、馬鹿の翼膜に突き刺さる。間髪入れずに二本、三本と投擲していき、その度に穴を開けていく。そのまま壁際まで追いやり張り付ける。


「グルル、グルル!!」


「うるせぇよ」


 止めを刺すように眉間に投げつければ、力なく馬鹿が崩れ落ちる。こいつはハズレだったな。本当、これで五万貰えるとか良い仕事だよな。


「誰! ってなんだちみか~」


 この脳を直接刺激されるかのようなムカつく声。なんでこいつがいんだよ。いやそれより、今は仕事中だ。見られたらまずい!


「帰れ。珍獣」


「ちみは本当に酷いよな。このボクに対して珍獣とは」


 マジなんでこいつはここにいんだよ。


「ボクだってこの目さ――」


 ――おかしい。暗闇が直っていない?


 俺は振り向きさっきの馬鹿がいた壁を見る。……いない。まさか!


「早くここから離れろ珍獣!」


「また珍獣。ボクには妖魄って名前が――」


「うっせぇ! 死にてぇのか!」


 まだなんか不貞腐れている元祖馬鹿。どこ行ったあいつ!


「だからちみは――」


「後ろだ、妖魄!」


「えっ……?」


 珍獣が後ろを向く。そこには――、もう鉤爪を振り下ろしているガーゴイル。俺は駆ける。腕を伸ばし、駆け抜ける。


 油断した油断した油断した!! 慢心はダメだと、あれほど教わっただろ!!

 邪鬼は普通の奴には見えない。あの位置じゃ、針を投げれば珍獣に当たっちまう!


 すべてがスローモーションに映る。だが、間に合わない。ゆっくりと鉤爪は妖魄を抉る。それは確定したはず。もう、変えようのない事実。――そのはずだった。


「ウワァァァォォォ」


「はっ……?」


 ガーゴイルは悲痛な叫びをあげる。そしてシューと鎮火するような音を立て――消滅した。




 そして――遠くない未来の話し。


 邪気退治の最強コンビが誕生した。片や邪気退治のエキスパートの青年、片や中二病を患った触れた邪鬼を問答無用で消滅させる能力を持った、珍獣と呼ばれし少女。

 彼らは世界転覆を企む邪鬼の組織や、両親を殺した邪鬼に立ち向かう。……が、


「おかしい……。俺の苦労っていったい……」


「やっぱりボクには特別な力が備われている。悪を滅する力がな!」


 すべてギャグ漫画のように集束していく。


「これからも僕の力を上手く扱いたまえよ、恒人」


「シリアスを返せ、珍獣がぁぁ!!」


 俺の今までの恨みは何だったんだ。この程度の奴に、俺の家族は奪われたのか。こんな奴に、全部終わらせられたのか。なんかもう、全てどうでもよくなってきた。


 今日もまた、平和な一日が流れていく。

 短編ですので、ブクマも下の広告を行ったところにある星の評価もいりません。代わりに感想を頂けないでしょうか。この小説はユーザーでなくとも感想を書けるようになっています。

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