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異世界太平記  作者: 淡嶺雲
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第7話 小屋にて

「なつかしいな、この小屋は。3年ぶりくらいだろうか」


「4年ぶりですよ、マルティナ様」


 マルティナとリリーが森番小屋に入る。マルティナはマントを壁にかけた。肩ほどまでの長さの茶色い髪があらわになる。

 マントの下には、サーコート(袖なしのワンピース上の上衣)を着ていた。その下にはチェインメールを着ている。その二つも脱いでしまい、チュニックとズボンという姿になった。


「しかし、リリー、あなたが弟子を取るなんて。わたしの時もかなり教え渋ったくせに」


「まだマルティナ様は14歳でした。それに突然やってきて、いきなり弓を教えろと言われても、普通は狼狽えるものです」


「弓を取っては天下一というエルフが森番をしているという噂を聞いてね、それはぜひ習いたいと思ったわけだよ」


「しかし、なにもエルフに習うことないのでは?」


「弓術師範といえばエルフと相場が決まっているよ」


「それは大昔、おとぎ話の世界ですよ。この国ではとにかくエルフは暮らしにくい。だからこうやって森番をしているんですから」


「実力のあるものから習う、それがあるべき姿じゃないか。違うかい?」


 リリーは、ふふっと笑った。


「マルティナ様は変わったお方です。私をしたってくださるのもそう。それにイツキさんを連れて行こうだなんて。よく彼が転生者だと分かりましたね。ぱっと見はただの東方から来た商人か、奴隷――ルーシュンの人間だと思われるのでは?」


 ルーシュンははるか東方にある大国であり、絹の産地である。ルーシュンのものと言えば物でも人でも高値で取引される。前者はその珍しさによって、後者はその知識と技術によって、である。


「転生者は黒い瞳と黒い髪をしている――そんな言い伝えがあったよね。そして若い男である。それがなんと森の中であなたに弓を習っている。これはそう考えてしまうんじゃないかな。とくに『神託』のあった後では」


「『神託』ですか……」


「そう、神託」マルティナは強調するように言った「神は、レモリア救済のために一人の勇者を遣わした。それはかならず国の運命を変えるであろう、とね」


「しかし神様も、タダでレモリアを助けているわけでもないんでしょう」


 こんどはマルティナがにやりと笑った。八重歯が見える。


「そう。もちろん、誰かが神に願ったんだ。そしてその誰かというのが、なにをかくそう……」


 そこまで言ったときマルティナは口をつぐんだ。後ろで、斎たちの声が聞こえたからだ。


「リリー、私は彼を連れて旅に出る。この国の運命を変えるために。そして、もう一つ、私の正体は、まだ彼に秘密にしておいてもらいたい」


「正体を秘密に?」


「そう。わたしはただの教会騎士、マルティナだ。そういうことにしといてくれないかな」


「わかりました、マルティナ様がそうおっしゃるなら、話を合わせましょう」


「ありがとう」


「リリーさーん」斎が叫んだ「イノシシのワタを出してばらそうと思うんですけれど」


「はーい、今行きますよ」リリーは言った「では、ちょっとお待ちになっていてください。獲物の処理をしてきます。今晩はイノシシ鍋ですよ」


「楽しみにしているよ」


 そう言ってリリーは小屋を出た。入れ替わりにシャルロットが入ってきた。


「うわっ、なんですか、この小屋……」中を見回してシャルロットが驚くように言った「見るもぼろぼろな……」


「私もここで半年弓の修業をしたんだよ」


「こんなところに寝泊まりしていたんですか!」


「そう」


「驚きましたよ。マルティナ様が急に出奔したかと思うと、半年後、弓の名人となって帰って来たんでしたから」


「仕方ないじゃないか、教会ではだれも弓を教えてくれなかったんだから」


 それは二人が14歳の頃で、元服して教会騎士団に入る前、教会の付属学校にいたころのことだ。マルティナは学業や礼拝そっちのけで武術の訓練に明け暮れていた。それを見咎められ師範らに稽古はつけぬと言われると、出奔してリリーのところに弓を習いに来たのだ。当然はじめは上へ下への大騒ぎとなったが、なぜか息災であることを書いた手紙だけは教会に届いていたので、次第に騒ぎは落ち着いた。


 しかしそれ以来勝手に出奔されないよう監視が強化され、幼馴染であったシャルロットが常に付き従うこととなったのだ。しかしそれは諸刃の剣であった。すでにシャルロットはマルティナに篭絡されていたので、彼女を見て見ぬふりをすることができたのだ。げんに今回の旅を巡礼ということにしたのもシャルロットの入れ知恵であった。放浪騎士になって冒険者稼業をやりたい、などという理由では許可されるわけなかったからだ。


「ところで、あの転生者――イツキという男、どう見る?」


「どうって……」シャルロットはやや困惑した顔を浮かべた。先ほどの血抜きの時の会話を思い出していたからだ。「戦力としては全然足りません。弓の腕なんてゴミ以下。言葉遣いも……」


「でも、国の運命を変えるには、彼が必要なんだ」


「わかりません。あんなひょろひょろした男のどこが」


「まあ、じきにわかるさ。古の勇者も、はじめから勇者であったわけではない」そう言ってマルティナはシャルロットの肩に手をかけた。「マントと鎖帷子を脱いだらいいよ。そして座って待ってよう。まずは彼自身から、転生の話を聞こう。するとなにかわかるかもしれないし」


 そう言うとマルティナは、ベッドの藁のマットレスの上に腰を下ろすのだった。

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