第6話 旅への誘い
――冒険者になって、旅をする。
これこそ、斎がこの世界に来て待ち望んでいたことだった。
そもそもこの世界に来る前、女神はなんといっていただろうか。この世界は危機に瀕していて、勇者を求めている。だから彼を送るのだと。
もちろんすぐついて行きます、と言いたいところだが、おいしい話がおいしいだけであるはずはない。まだ相手の素性もわからないのだ。
斎は起き上がると、尻についたつちをパンパンと払った。
「ありがたいのですが……」斎は言った「ちょっと考えさせてくれませんか。それに、あなた方の素性も俺は知りませんし…‥」
「私たちの素性だと?」
マルティナの後ろにいた人物が声を発した。女の声だ。じゃらっと音が鳴る。騎士だろうかと斎は思った。
「お前、無礼だろう、マルティナ様は――」
その言葉をマルティナは制した。シーっと口元に人差し指を当てている。
そして斎に言葉を続けた。
「まあたしかに誘うこっちから名乗るのが筋だろうね。私はマルティナ。巡礼の旅、という建前の冒険者だよ。そしてこっちがシャルロット」
そう言われて後ろの女性もフードを取った。長い金髪を後ろで束ねていた。年はマルティナとは変わらないほどに見える。背丈は斎と変わらない。鋭い目つきで、いぶかしげな視線を斎に向けている。
「さて、私たちは名乗ったよ。そっちの番だね」
「俺はイツキといいます。そう、その、異世界からの転生者です……」
斎は言った。自分で転生者というのはなんだか気恥ずかしい気もした。
「イツキか。うん、わかった。じゃあ改めて聞くけど、私たちと旅をする気はないかい?」
「いや、行きたいのはやまやまなんですが、その、なんというか……」
「なんというか?」
「その……」
「その?」
「マルティナ様!」
後ろでシャルロットが吼えるように言った。
「こんな優柔不断なのが転生者で勇者ですか? それにさっきもイノシシさえ倒せないなんて、お荷物ですよ」
「お荷物って、あんた」斎は言った「俺はこっちに来てまだ数か月、怪我のせいもあって弓の練習だってまだ十分じゃないんだ。そんなこと言われたってどうしようもないじゃないか」
「まあまあ、みなさん」
ここで仲裁に入ったのはリリーであった。
「こんなところで立ち話もよろしくありません。よろしければわたしの小屋でいかがですか」
「うん、それがいい。そうしようか」
リリーが先導して歩き始める。マルティナは後ろの木につないでおいた馬の手綱をほどくと、自身の馬を引きながらそれを追う。
「ああ、先行っていてください」
斎はそう言うと、腰の袋からロープを取り出した。そしてそれをイノシシの足に結びつけると、しっかりした木の枝にひっかけて、イノシシを逆さづりにする。
「なにしてるんだ……」
シャルロットは目を丸くして尋ねる。斎はこともなげに言う。
「血抜きですよ。すぐやらないと肉が不味くなる」
そう言って斎は短刀をイノシシの頸部に突き立てた。ボタボタと赤い血が流れ落ちる。
それをシャルロットは唖然として眺めていた。
「なんですか、狩り、したことないんですか? あなた、騎士でしょう」
斎は尋ねた。シャルロットは答えた。
「そうだ、私は騎士だ。もちろん狩りくらいしたことはある」
貴族にとって狩りは遊戯でもあり、また実際に武器を使う軍事訓練でもある。貴族階級の端くれである騎士ならば当然経験はあるはずだ。
「しかし……」
「血抜きやその後の処理はしたことない、と」
シャルロットは頷いた。
「そりゃそうでしょうね。貴族なら、そういうことは小姓とか、雇った猟師にやらせているのではないですか」
「狩りはチーム戦だ。それぞれに役割がある」
「少人数の旅なら、一人でこなす役割も多くなるのでは」
シャルロットはぐうと黙った。
斎はイノシシの血が抜けたことを確認すると、木から下ろす。そしてそれを背負う。
「さあ、行きましょうか」
そう言って斎は小屋の方へと歩きだす。シャルロットも、なんだか憮然とした面持ちで、斎の後を追うのであった。