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異世界太平記  作者: 淡嶺雲
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第49話 食卓にて

 家に戻ったキルケーは動物となった4人に軟膏を塗った。そして手に持った杖でポンと叩く。するとどうだろう、ポン、と煙が立てば、4人は元の姿に戻っていた。


 3人ともきょとんとしている。ひとりライラだけがまだ前足の汚れを取ろうと手を舐めていた。


「ええと、これはどういうことかな?」


 マルティナが言った。額に青筋を浮かべている。しかし、キルケーは顔色一つ変えない。死人のような、青白い顔で答えた。


「どういうことでもない。私の客人に対する対応。感謝なら彼にすること」


「いまいち状況が呑み込めないね」


「この島に流れ着いたものは私のもの。私が差配する。でも彼はあなたたちのために私に対価を渡した。私はあなたたちを客人として歓迎する」


「それはありがたいのです」ライラが目をぱちぱちさせた「ではご飯を頂くのです」


「いや、ライラ、そういう問題ではないと思うんだけどね」セリーヌが言った「いましがた、僕たちを動物にしていたよね。どういうわけかな」


「動物とすれば人より御しやすい。頭も単純となる」キルケーは言った。


「へえ、でも噛むぞ」


「私の魔術にかかった動物はそんなことはしない」


「ちょっと待って」シャルロットが言った「じゃあ、私たちはそのために……」


 そして目の前に置かれた肉料理に目を落とした。


「こ、これは!」


「安心しなさい、これは野生動物」キルケーは言った「食べていい」


 しかし皆気が気でない。ただライラだけがかぶりつくように肉をかじっている。


「本当に?」斎が言った「本当に、君が……」


「ヘカテーに誓って、それは否定する」キルケーは言った。「信じないと……」


 斎は何を言われるかわかった気がした。それで頭を縦に振った。


「ならいい。ではみな、空腹のはず。食事をとって」


 皆はもどかしげに食事をとった。


「どうしたの、おいしい肉よ」


 キルケーが言った。こらえかねたようにシャルロットが机を叩いた。


「冗談じゃない! 何の肉かもわからない! 一体何があったの、私たちが記憶のない間に! それにどうして」そう言って斎を指さした「どうして彼だけ無事だったの」


「それは彼が加護を受けているから」


「加護?」


「そう。彼は転生者。解毒能力が高いらしく、私の秘薬も効かなかった」


「ゲホゲホ‥‥‥転生者?!」


 セリーヌがそれを聞くなりいきなり咽こんだ。そして驚くように言った。


「転生者なんて、おとぎ話じゃないのかい」


「転生者は実在する。150年前の内戦の時も、80年前の魔族の襲来の時も、確かに存在した」


「それは凶兆だと聞いたけれどね」セリーヌは言った「天下に兵事の起こる前兆だと」


「それは順序があべこべ。兵乱の時だからこそ別の世界からの転生者というものが必要になる。それに、誰かが召喚しないと、転生者は来ない」


「そういえば、転生の時勇者を求めている世界があるとか何とか言われたような……」


 斎が呟いた。セリーヌはしかし釈然としない。


「じゃあいったい誰がイツキを召喚したというんだい?」


「あなたたちはすでに知っているはず」キルケーは言った。


「どういうことだい?」


「もしかして何も話していないのかしら、マルティナ?」


 キルケーはマルティナに視線を投げかけた。びくっとなったのはマルティナではなくシャルロットであった。マルティナは流石と言うべきか顔色一つ変えない。


「一体何のことかな?」マルティナは言った。


「しらばっくれるのはよくない。それとも私の口から話す方がいい? すでにメルクリウスはレモリアに旅立った」


 メルクリウス、とは伝令の神である。


「今宵にも夢枕に立つだろう」


「ちょっと待って、メルクリウスを使役したって?」セリーヌが驚嘆の声を上げる「そんなことができるとは……それに夢枕って、誰の」


「決まっている。それはもちろん……」


「ちょっと待って!」


 マルティナが叫んだ。一同はしんと静まり返った。


「キルケー、あなたはどこまで知っているの?」


「すべてを」彼女は答えた。


「そう」マルティナはため息をついた「はじめから、何もかもお見通しだというわけね」


「マルティナ様……」シャルロットが不安そうに言う。


「いいんだ、シャルロット。じきに言わねばならないことだ」


 そういうと、周りを見回した。


「いいかい、イツキは、転生者だ。だから私は彼をパーティーに加えた」


 斎はうんうんと頷いた。しかしセリーヌとライラは違う。目を丸くした。

 マルティナは続ける。


「そして、イツキを召喚したのが誰なのかも、もちろん知っている」


「それは一体……」セリーヌが言う。


「わが父、ジギスムント・フォン・レモリア」


 一瞬時が止まったかと思った。斎とライラはきょとんとしている。しかしセリーヌはそれを信じられないという風に聞いている。声が震えていた。


「ちょ、ちょっと待って、それって……なら君は……」


「いままできちんと名乗っていなくてごめんなさい」マルティナは言った。そして立ち上がった。「私の本名は、マルティナ・アレクサンドラ・フォン・レモリア。現皇帝、ジギスムント4世陛下の第二皇女です」


 セリーヌはそれを聞いて雷に打たれたような衝撃を受けた。以前からお付きであり、知っていたシャルロットは深々と頭を下げた。ただ、斎とライラだけは、事態が呑み込めるまでまたすこし時間を要したのであった。

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