第48話 島の魔女
家は石造りの一軒家であった。家の周囲には菜園があり、ブドウやまだ緑色のオレンジが実っている。
マルティナは家の扉を叩いた。
「すいませ~ん!」
だが反応はない。かわりに後ろの茂みががさがさと動いた。
一同は凍り付いた。茂みから姿を現したのが、なんとライオンであったからである。
斎とシャルロットは腰の剣に手をかける。しかしライオンはこちらに気を止める様子はない。そしてなんとその場で腰を下ろして昼寝を始めたのである。
2人がこれにまた面食らっている中、マルティナはまた扉を叩いて言った。
「すいませーん、どなたかいませんか?」
ややあって、今度は扉がゆっくりと開いた。
「何?」
中から出てきたのは、若い女性であった。肩まである白い髪と、赤い瞳。それと対照的に真っ黒なワンピースに身を包んでいる。
「ああ、よかった」マルティナが言った「船が難破して流れ着いたのです。ここはどこでしょうか、一番近い町を教えてもらえれば」
「この島には私しか住んでいない」女性は抑揚のない声で言った「あなたがたの期待にはこたえられそうにない。だけれども、客人を饗宴しないのはマナー違反。珍しい客人たち、あなたたちを歓迎する」
「感謝します」マルティナが頭を下げた。
「ど、どうでもいいのですが……」ライラが急かすように言う「は、早く中に入れてほしいのです。ライオンがいるのです」
「あなたもネコなのにライオンを恐れるの?」女性が言った「それにこの島の動物は皆おとなしい。人を襲うことなど考えられない」
そう言って女性は5人を家の中に招き入れた。
すぐに彼らには温かい湯と、濡れている服に代わり新しい衣服が用意された。そして着替えが終わったころ、女性は彼らを食卓へと案内したのだ。
「あなた方は空腹なのでは? 少し待って。食事を準備させるから」
そう言って彼女が指を鳴らすと、どこからか料理や酒を持った女中らがやってくる。皆ベールで顔を隠している。
「さっきあなた一人だと言っていなかったかしら」
マルティナが問いかけるが、しかし女性は表情一つ変えない。そして答えもしない。
「ちょっと待って、これはもしかしてゴーレムじゃないか」セリーヌが言った「そうだよ、彼女からは生気を全く感じない」
「正解。あなた錬金術に詳しいのね」
「へえ、これが……」セリーヌは物珍しそうに女中らを観察した「話に聞いたことはあるけれど、本物は初めてだ。ということは君もあれか、錬金術師か」
「そういうことにしておいていい」彼女は言った「さあ、杯はそろった? 客人たちよ、今日の出会いに感謝して乾杯」
「乾杯!」
そう言って酒を飲み干した時である。斎は妙な感覚に襲われた。なんだか頭がくらくらしてくるのである。
そしてなんだが、女性がはじめて笑ったように見えた。気味悪く思った。
次の瞬間である。女性は隣に並んでいたマルティナたちを次々とステッキで打ったのである。するとどうだろう、ライラはネコに、マルティナはライオンに、シャルロットは狼に、セリーヌは豚に変化したのである。
そして女性は最後に斎を打った。
「さあ、豚小屋に行きなさい」
しかし斎の身体に変化は訪れなかった。先にも書いたが、彼の代謝能力・解毒能力は転生したさいに強化されていた。酒に混ぜられた毒は無効化されていたのである。
斎は剣を抜き放った。驚いて女性は飛び下がった。
「一体どういうつもりだ!」斎は叫んだ「仲間を動物に変えるなんて!」
無表情であった女性の顔に、焦りが見えた気がした。
「薬が効かない。どういうこと? あなたはいったい何者?」
「俺は冒険者で騎士のイツキ・トーゴーだ」斎は言った。
「あなたがただ者であるはずがない。私の薬を飲めば最後、その魔力に耐えた者はいなかった。それが……そうか」彼女は何かに気づいたように言った「もしかして、あなたは転生者では? 昨日渡り鳥の群れを占ったとき、転生者がこの島に来るというお告げが出た。もしかしてあなたが……」
斎は面食らった。
「転生者を信じているなんて、お前はいったい……」
「私は魔女キルケー。どうかその剣を鞘に納めてほしい。そして私の話を聞いてほしい。これは取引だ」
「取引?」
「そう。契りを交わそう。彼女たちをもとの姿に戻す代わり、私の願いを一つ聞いてもらいたい」
「契りだと?」斎は驚いた「い、いったい何を言って」
「私はあなたの精液が欲しい。それをくれるなら彼女たちを解放しよう」
斎は顔を真っ赤にした。
「そ、そんなこと出来るわけないだろう! であったばかりの女、しかも敵と……」
「私は別に私とあなたが褥を共にするなど言っていない。精液さえくれればいい」
いまだに事情が呑み込めない斎に、キルケーは続けて言った。
「私はホムンクルスをつくりたい。ゴーレムは東方宗教の神話の人類創造、すなわち土塊から人を生み出したという神話を再現した魔法。それに対してホムンクルスは我々の肉体から新たな人間を生み出す錬金術。それに精子が必要」
ホムンクルスは(我々の世界ではパラケラススの著作によるとことの)人造人間である。人間の精子を40日間腐敗させた後、40週の間温めながら毎日人間の血を与え続ける。すると小人サイズのホムンクルスが誕生する。坩堝を子宮として新しい生命が生まれる。精子と血がその原料となっている理由は明白であろう。精子は言うまでもないことで、血は女性に由来する。妊婦が経血を流さないのはその血が胎児の養分となっていると思われていたのである。
「……それで本当に解放してくれるのか?」
斎は訝しげに言った。
「神に誓って絶対に約束は守る」キルケーは答えた。
斎は鞘に剣を収めた。
「で、その、あれだけど……」斎はやや顔を赤らめて言った「どこでどうしてくればいい?」
「この瓶の中に出してきてほしい」
キルケーは小瓶を斎に渡した。そして家の裏で採取してくるように告げた。
斎は出て行ったが、しかしいくら待っても帰ってこない。しびれをきらしたキルケーは自分の家の裏に向かった。
そこでは斎がうなだれて座り込んでいた。
「どうしたの?」キルケーが言った「元気がないの?」
「よく考えろよ、この状況じゃ出るものも出るわけがない」斎は言った。
「それは困る。それでは解放はできない」
「だからこっちも困っているんだよ!」
「うーん、では仕方ない」
キルケーはそう言うとなんとワンピースを脱ぎ始めたのだ。二つの豊かな乳房があらわになる。その身体は、斎が今まで見た誰よりも美しく艶かしかった。エルフでさえも見劣りするように思えた。
――結論として数分後には斎は目的のものをキルケーに差し出していた。キルケーは満足し、斎は賢者タイムの自責の念と恥ずかしさに両手で顔を覆いながら、家の中へと戻ったのであった。




