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異世界太平記  作者: 淡嶺雲
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第47話 難破

 ベキベキと船体のきしむ音がする。顔に波の飛沫がかかる。風が吹きかかり体温を奪っていく。そしてまた船は揺れた。稲妻がぴかりと輝いた。


 斎たちは船の中で身を寄せ合っていた。船は三角帆を備えた、全長80フィートほどの貿易船であった。毛織物や銀を輸出し、絹や香辛料を輸入する。その余ったスペースに巡礼者は乗っていた。


 その船が、出航2日目にして嵐の直撃を受けたのである。


「帆を下ろせ!」船員が叫ぶ「ひっくり返るぞ!」


「うげえぇぇぇ……」セリーヌがゲロを吐く。普通なら船べりから身を乗り出して海に吐くべきであるが、しかしその場に彼は嘔吐していた。この船でそんな余裕はなかったし、そんなことをしていては波にさらわれて海に落ちる恐れがあったのである。しかし誰も気にする者はいなかった。汚物は流れ込んできた波しぶきがすぐに洗い流していったのだ。


 そのとき船体がさらに激しい音を立てた。「帆が倒れる!」誰かが叫んだ。


 さらに大きな揺れがきて、海水が船内に流れ込んでくる。そして船が完全に傾いているのを実感した時、皆、船が真っ二つに割れたことを理解した。


 それからはもう無我夢中であった。とにかく斎はそばにあった木の板にしがみついていた。それはかつて船体を構成していたパーツであった。すでに船はバラバラであったが、そんなことを考えている余裕などなかった。


 その時再び波が彼を飲み込んだ。真っ暗な海が彼を出迎える。


 何とか浮き上がろうともがくが無駄であった。彼の意識は、そこでいったん途絶えたのであった。



***



 斎が目を覚ました時、一番初めに聞こえてきたのは波の音であった。


 どこなの渚にいるらしいということはわかった。だがどういうことだろう、体がやたらと重い。


 そう思って起き上がろうと目を開けた。あたりは砂浜であった。そして、なんということだろう、周りには船の残骸が散乱しているではないか。


 斎はすべてを思い出していた。船に乗ってイターキへ向かう途中、嵐に巻き込まれたのだ。そして船が難破して、ここに流れ着いた。服が濡れているため体が重いのだ。


 斎はなんとか起き上がると、ふらつく足取りで歩き始めた。革袋が落ちていた。中身は水であった。斎はそれで喉の渇きをいやした。


 水を飲み終わってふと見ると、破壊された船の残骸の横に、見知った顔が倒れている。


 シャルロットであった。


「シャルロット、おい、しっかり!」


 斎はすぐに抱き起す。脈はあるように見えたがしかし、呼吸しているのかどうかよくわからない。


 彼は動転していた。


「え、ええと……そうだ、人工呼吸を……いやそれよりまず胸元を緩めないと」


 彼女を寝かせる。そしてできるだけ息苦しくないように胸元を緩めようとしたが、しかしチュニックとサーコートではボタンなどない。ナイフで服に切り込みを入れた。


 そして人工呼吸をしようと彼女の顔の横に座った。しかし、いざシャルロットの顔を目の前にするとどうしても思うようにはいかない。まじまじと見ればきれいな顔だなと思ってつばをごくりと飲み込んだ。


 いや、そんなことを考えている場合ではない。とにかく人工呼吸をしなくては。そう思いながら斎は顔を近づけた。


 その時であった。


「なにしてるの」


 後ろから声をかけられた。


 振り返るとそこにセリーヌとライラが立っていた。

 斎は目を丸くした。


「二人とも、生きていたのか!」


「本当に、死ぬかと思ったのです!」ライラが言った。「セリーヌさんがぎゅっと抱きかかえてくれていたから助かったのです。ところで……それ、シャルロットさんですよね、なにをしているのですか」


 その言葉に斎ははっとした。胸元が破れた服と斎のナイフ、そして顔を近づける仕草。彼は慌てふためいて言った。


「い、いや、これは……じ、人工呼吸を」


「人工呼吸?」セリーヌは言った「そんなことよりとりあえず気付薬をかがそう。ボクの薬箱は無事だったから」


 そう言ってセリーヌは小瓶を取り出してシャルロットの鼻に近づけた。


 ……数秒後、シャルロットがゴホゴホと咳き込んだ。そして水を吐いた。


「うう……」シャルロットが呻くように言った。


「シャルロット、大丈夫か!」斎が抱きかかえる「よかった」


 シャルロットはうっすらと目を開けた。


「え、ええと、私……」


「大丈夫、生きているから、ね」斎は言った。涙が出ていた「もう大丈夫」


 シャルロットはゆっくりと起き上がった。そして服の一部が破れているのに気が付いた。


「あれ、これは……」


「き、きっと難破したときに破れたんだよ」斎は言った。セリーヌとライラは顔を見合わせた。


「服ならきっと漂着したものの中に代わりはあるよ」


「それはいいんだけど……」シャルロットは言った「ここはどこ?」


「わからない」セリーヌが答えた。「本土ではなさそうなんだけど、南方大陸か、それとも島か、まだなんとも‥‥‥」


「わかった。でも3人が無事でよかった……3人……」シャルロットは顔を曇らせて言った「ねえ、マルティナ様は?」


 一同は顔を見合わせた。


「それがボクらも姿を見なくて……」


 セリーヌがそう言って肩をすくめた時、おーいという声がした。


「おーい!」


 一同がその方を向く。砂浜の奥、松林のある丘の上であった。


「みんなー!」


 一同はその姿を見て両手を上げて喜んだ。声の主がマルティナであったからだ。


「みんな、無事でよかった!」マルティナが大声で呼びかける「丘の向こうに家がある。そこに行ってみよう!」


 それを聞いたとき4人は駆けだしていた。体はぼろぼろであったがそんなことはどうでもよかった。とにかく生きて再開できたことを喜んでいた。


 5人は丘の上の松のところで抱擁しあった。そしてマルティナが海岸と反対側を指さした。そこには家があった。一同は生きていることを喜びつつ、その家へと向かったのである。

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