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異世界太平記  作者: 淡嶺雲
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第44話 ファルクサ

 マルティナたち一行は2日モンベリアル城に滞在した後、ファルクサへと旅立った。


「いやあ、マリー様はすごく太っ腹だねぇ」マルティナが言っていた「お金の上に、服まで貰えたなんて」


 マリーは銀貨200グルテンに加え、叙任式の際の衣装も与えていたのである。これは破格の待遇であった。


「本当にありがたいことです」シャルロットは言った。


「そういえばマルティナ様、昨日マリー様に呼ばれていましたよね、何かあったんですか」


 斎が訊ねた。

昨晩のことである。斎たちの宿舎にリュクルイーズ家執事セバスティアンが訪れ、マリーがマルティナに用があると言ったのである。


「うん、まあ、報告書の仔細について齟齬がないか確認を求められただけだよ」


 マルティナは言った。斎は、ふうん、と頷いて納得した。


***


 ファルクサは6日の道のりであった。9月の末に至って、一行はファルクサにたどり着いたのである。


 ファルクサはエスターラントの首府であった――いや、それ以上にレモリア帝国の政治の中心であった。レモリアにおいて政治を差配し、ファルクサにおいて軍事を差配する、アーレンベルク家の本拠地なのである、


 都市は三方を天然の要害たる山に阻まれ、一方を海に阻まれている。山の稜線に沿って砦を巡らし、海では干潟を干拓して人工島を建設しそこを本丸としていた。まことに難攻不落の都市である。


 そしてその栄華は、帝都レモリアに勝るとも劣らぬばかりである。


「あの建物はなんでしょうか!」ライラが叫んだ「大理石でできているようなのです」


「ライラ、あれは大理石じゃないよ。きっと大理石の化粧板を貼ったコンクリートだよ」セリーヌが言った。


「聞いたことある。あれはコロセウムだね。闘技場だ」マルティナは言った「ちょうどいい。試合を見て行こうか」


***


 コロセウムはコロセウムである、としか斎には形容できなかった。


 みなさんも一度はローマのコロセウムを写真で見たことあるだろう。見た目はまさしくそれなのである。

 そして中で行われていることも同じであった。


 観客が集っている。二人の剣闘士のどちらが勝つか、どちらに賭けるかと口上を述べながら掛け金を集めて回る男がいる。それに大金を投げ込んでいく観客をよそ眼に、斎たちは反対側にある貴賓席の方を眺めていた。


 そこにはトーガを身にまとった壮年の男と、まだ20歳ぐらいと思われるトーガとマントを身に着け月桂冠を被った青年が座っていたのである。


「壮年の男がエスターラント公コンスタンティン・フォン・アーレンベルク。若い方が公の息子で大司馬を拝命したウルリッヒ・フォン・アーレンベルクよ」


 シャルロットが斎の耳元でささやいた。


 大司馬とは帝国において軍事を差配する役職である。北にオクツガルドのエルフ領、東にオリエンテと抗争を繰り返すフルミニアがあるのであるから、エスターラントの支配者が軍事権を握っているわけである。


 そしてその軍事権は大司馬のものではなかった。先の大司馬、つまり現在のアーレンベルク家当主の差配するところであったのである。


「嫌味だねぇ」セリーヌが苦々しい顔で呟いた「古代レモリア風の衣装なんて着ちゃってさ。まるで皇帝になったつもりじゃないのかな」


「当人はそのつもりかもしれないね」マルティナが言った。


 その言葉の通りだと斎は思った。東西の扉が開いて戦士が入ってくる。斎あっと思った。ライラもそうであった。その剣闘士は、犬耳であったのだ。おそらくマウハリム人の奴隷であろう。


 そして剣闘士――あえて「犬」闘士と呼ぶべきかもしれない――はアーレンベルク公に敬礼した。


『死にゆく我らは、閣下に敬礼申し上げます』


 試合が始まった。犬闘士は兜をかぶっているが身体に鎧はない。互いに剣で突き合う。そしてそれでらちが明かないとなると、こんどはその鋭い牙で噛みつき合おうとするのである。


「ひどい……」ライラは呟いた「これが獣人に対する仕打ちなのですか? 殺し合いをさせて、余興にするのですか」


「そうだ、ライラ」マルティナが言った「これがアーレンベルク公の好みだ。これがこの国の支配階級の姿だよ」


 ライラは見てはいられなかった。やがて一方が倒れ、同時に『殺せ!』という声が会場に響く。剣が振り下ろされる音をライラは聞きもしなかったし、その姿を見もしなかったが、しかし全身の毛が逆立つのを感じていたのであった。

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