第43話 宴の後
宴の後である。フロリアンは自室へと戻っていた。椅子座ってくつろぐ彼に、婚約者であるソフィーが物語を聞かせていた。教会が流布している説話である。
「こうして教会の祈祷により嵐が魔王の軍を襲い、レモリアは守られたのですわ」ソフィーは言った。
「ソフィー、それは違うのではないですか。レモリアを守ったのは勇者王ルイーゼと冒険者たちですよ。そしてそれから宰相のエルヴィン・フォン・アーレンベルク」
「いくらルイーゼ女帝といえど、神の助けなくしては国を守ることができません。これはそういうことを言っているのですわ」
「うーん、そういうものなのかなぁ」
「そうですわ、ですからフロリアン様もきちんと神を敬って……」
「はいはい。わかっているって」
「わかっておりませんわ。そもそも……」
その時ドアをノックする音があった。
「入ってもいいかしら」
マリーの声だった。
「姉上、どうぞお入りください」
フロリアンは答えた。ソフィーからの詰問から解放されたと胸をなでおろす。
扉が開いてマリーが入ってきた。
「父上に会って来たわ」
「それは。では僕もすぐ参上しましょう」フロリアンが言った
「いいえ、父上は大変お疲れだから、もうお休みになったわ。明日にしなさい」
「わかりました……」フロリアンは返した「ところで、何をお話しされていたんですか」
「いい知らせと悪い知らせよ」
「いい知らせと悪い知らせ……?」フロリアンが怪訝な顔をした。
「ええ、ひとつは、私がベルフォール伯を名乗ることがエスターラント公に認められたのよ」
ベルフォール伯はモンペリアル公が有している爵位の一つであり、その地位としてはモンペリアル公に次ぐ。貴族家で爵位を持っているのはその当主であるが、その家族は主な爵位以外の称号を儀礼的に名乗ることが許される。長子であり公の推定相続人であるマリーが、ベルフォール伯を名乗ることを許されたのである。
「それはよい知らせですわね」ソフィーが言った「では悪い知らせと言うのは」
「私の縁談が決まったのよ」マリーは言った。
「え、縁談?」フロリアンは戸惑うように言った「それはめでたいことではないのですか。なぜ悪い話だと」
「相手よ。相手はヨアヒム・フォン・アーレンベルク。当主エスターラント公コンスタンティンの甥よ」
「アーレンベルク家!?」フロリアンがいつにない大声を上げた「姉上、それは一体!」
「エスターラント公自ら持ち掛けた縁談らしいわ。もちろん父は断ることができるはずもないわ。もちろん私もよ」
「アーレンベルク家の陰謀ですわ!」ソフィーが言った「次期モンペリアル公はお義姉様でしょう。それと結婚するなんて、リュクルイーズ家を乗っ取る気ですわ!」
「それは私も父も恐れていることよ。だから婿と言う形をとるのよ。当主は私のまま、それを証明するため私にベルフォール伯の名乗りを許した。これが保障よ」
「そんなの保障になりませんわ。かつてエスターラント公ハインリヒとザビーネ・フォン・アーレンベルクが結婚した時どうなりましたか? 結局エスターラント公の爵位はアーレンベルク家のものになったではないですか」
今を遡ること100年前、当時エスターラント公には皇族がつくこととなっていた。若いエスターラント公ハインリヒは同公爵家の家令ベルンハルト・フォン・アーレンベルクの娘、ザビーネと結婚した。結婚2年にしてハインリヒは薨じたが、その時ザビーネの腹には子がいたのである。ザビーネは子が生まれるまでエスターラント女公を称し、そして息子ルドルフが生まれると、公爵位を息子に譲った。
しかし生まれたばかりの赤ん坊が政務をとれるはずがない。祖父であるベルンハルトが一切を取り仕切った。そしてルドルフに、エスターラント公ルドルフ・フォン・アーレンベルクと名乗らせたのである。
もちろんこれは皇帝マクシミリアンや貴族の怒りを買った。皇帝は武力をもって逆賊ベルンハルトの討伐を図ったが、しかし結局はマクシミリアンの敗北に終わった。ベルンハルトの軍は帝都レモリアを半年にわたって包囲し、公爵位をアーレンベルク家に譲り渡し帝国宰相にアーレンベルク家の人間をつけることを条件としてマクシミリアンは降伏した。
以来、エスターラント公の位はアーレンベルク家の手の内にあるのである。
「それはわかっているわ」マリーは言った「昔と同じことを考えているのかもしれない……でも選択肢は他にないのよ。アーレンベルク家に歯向かうことは許されないわ。生き残り焚ければ、こうするしかないのよ」
そう言ってマリーは肩を落とした。フロリアンやソフィーも同様であった。
「それで姉上、その、婚礼はいつになるんですか」
「2日後に彼がここに到着するわ。私と顔合わせをして、最終的に結婚が決まるわ。婚礼は年内でしょうね」
フロリアンがうなだれた。思いのほかことが進むのが速そうだからだ。
「心配しないで、フロリアン。私はどこかに行くわけじゃないわ。ここにいるわ。あなたたちがしっかりしてくれないと」
「お義姉様!」ソフィーが言った「わたしとフロリアン様で、きちんとこのルクリュイーズ家はお守りいたしますわ!」
「ええ、期待しているわ……くれぐれもよろしくお願いするわね」
そう言ってマリーは部屋を立ち去った。
「さて、私たちもそろそろ寝ましょう。寝室に戻らせていただきますわ」
ソフィーが言った。まだ結婚自体はしていないので、部屋もベッドも別なのである。
「うん。おやすみなさい、ソフィー」
「おやすみなさいませ、フロリアン様」
そう言ってソフィーは蝋燭を手に部屋を後にする。フロリアンは蝋燭を吹き消してベッドに入る。そして物思いにふけるのであった。
アーレンベルク家の横暴、許すべからず。しかし一体それを止めるのに、どんな方法があるというのだろうか。
彼には思いもよらなかった。考えを巡らすうちに、眠たくなってくる。宴の時に飲んでいた酒が今になって回ってきたのかと思った。
彼は目を閉じた。そしてそのまま、深い眠りへと落ちていくのであった。




