第39話 褒賞と騎士叙任
モンベリアル城は村から半日の距離であった。
もともとリュクルイーズ家はこのモンベリアルを本拠地としており、一方先に一行の立ち寄ったベルフォールは当初街道を見張る関所兼宿場町としてつくられた町である。しかし商業の勃興とともにベルフォールは発展し、モンベリアルは純粋な政治の中心地となった。公爵領の首府はモンベリアルであるが、最大の都市はベルフォールなのである。
モンベリアル城は周囲に堀を巡らし、その中の小高い丘の上に屋敷や塔が建っている。堀にかかる跳ね橋を渡って一行は入城した。
その日は斎たちは客人用の建物に留め置かれた。そして翌日、湯あみをして体を洗ってから罷り越すように言われたのである。戦闘で汚れていた服の代わりに、代わりの服が用意されていた。
「とんだ厚遇ぶりだね」
マルティナはそう言いながら、4人とともに宮殿へと向かった。宿泊した建物は、堀と城門を入ってすぐのところであった。一方、宮殿はさらにその内側にある小高い丘の上にある。宮殿は高い円形の城塔を備えていた。ここが領主の生活の場であり、有事の際も中心となる天守という建物であった。日本の近世城郭で例えれば、天守閣と本丸御殿が一体化しているわけである。マルティナたちは、二の丸から本丸へと入ったのである。
キープの1階には大広間がある。一行はそこへ通された。
床は漆喰で固められていた。大広間の天井近くの窓から光が差し込んでいる。奥まったところの高座に二つ椅子が置かれており、右にマリーが座っている。左にはマリーと同じくゴスロリ服に身を包んだショートカットの少女の姿があった。そしてその横にはリュクルイーズ家執事セバスティアンが控えている。
一行は、マリーの前に進み出ると、片膝をついて頭を垂れた。
「マルティナ・フォン・エーンハウゼン以下5名、罷り越しました」
斎はこのときはじめてマルティナが家名を名乗るのを聞いた。なぜ今まで隠していたのかと不思議に思った。
「面を上げなさい」マリーが言う。「今回の働き、大義であったわ。ゴブリン討伐に加え、代官の悪事を告発した栄誉、報いるに余りある。ファルクサに出向いている父に代わって、このマリーが礼を言うわ」
マリーは顛末を語った。かの代官は拷問にかけるそぶりを見せるとするに全てを吐いた。ゴブリンの悪事を見逃す代わりに、その略奪品の一部を貰うこと、ゴブリン討伐に行く冒険者たちがいればその情報を送ること、そしてゴブリンのため荒廃した村のため減税を公に願い出たが、しかし一方で税を例年通り徴発し差額を懐に納めていたこと。
「それでは処分はどうされたのでしょうか、死刑でしょうか」
マルティナは尋ねた。あれだけの悪事をしでかしたのである。死刑以外にあり得ない。
しかし、マリーはそれを聞いて表情を曇らせた。
「流刑よ」
なんと、本来なら死刑であるはずなのに、罪一等を減じられ、流罪となったのである。
マルティナは驚いて言った。
「それはなぜです!?」
「私にはあの男を殺すことはできないわ。彼は、アーレンベルク家の家臣の縁戚なのよ」
語るところでは彼はエスターラント公家の家臣の愛人の子だとかなんとかいう。
一同に衝撃が走った。アーレンベルク家といえば、帝国東方領土の支配者であり、帝国宰相も出す家柄。罪人と言えど、その家臣の縁戚であれば、殺せばアーレンベルク家から敵対視される恐れもあった。アーレンベルク公は軍事を統括する大司馬を拝命しており、最悪討たれる可能性もあるのである。
マリーは、肩を落とすように言った。
「アーレンベルク家はいわばエスターラント貴族の棟梁みたいなものよ。それに歯向かうようなそぶりは破滅を招くわ」
一同も顔を曇らせた。
「まあ、面白くない話はここまでよ。さあ、次は褒章の話をしましょう。確か、金10マルクだったかしら」
「はい、そうです」マルティナがが答えた。
「あいにく金の持ち合わせがないわ。代官告発とあわせて、200グルテンでどうかしら」
斎は隣にいたセリーヌに小声で言った。
「200グルテンってどのくらいだ?」
「ええと、10グルテン銀貨が1ポンドで取引されるから、20ポンドだね。マルクで言うと、もとの3倍くらいかな?」
グルテンは金マルク以前からエスターラントで用いられている通貨である。
なお先にも書いたが、1マルクは13シリング4ペンスで取引される。昔は同じ価値を有していたレモリア金貨であるポンドよりも価値が低いのは、東方交易でエスターラントに大量の金が流れ込んでいるからとも、アーレンベルク家による金貨改鋳で金の含有量が徐々に減っているからともいわれていた。
「異論はないかしら」
「もちろんありません」マルティナが深々と頭を下げた。他の面々もそれに倣った。
「さて、さきにエーンハウゼン殿から聞かせてもらったところでは、ゴブリン討伐のさい、もっとも知略を巡らして活躍したのは、あなただというわね」
そう言ってマリーは斎に視線を向けた。
「ええと、名前はたしか……」
「はい。イツキ・トーゴ―と申します」斎は答えた。
「そうそう、変わった名前ね」
「ルーファンの出身でありますので」
「そうなの、通りで異国らしい顔だちなのね」マリーは言った「あなたほどの人が、ただの冒険者であるというのはもったいないことだと思うわ。よって、私はあなたに褒賞として騎士の爵位を与えたいと思うのだけれど、どうかしら」
「自分が、騎士ですか!?」斎は驚愕して言った。周りも驚いている。
「ええ、不服かしら」
「いいえ、滅相もありません。感謝の極みです」斎は頭を下げた。
「そう、じゃあ、これへ」
マリーがそう言うと、部屋に控えていた従者たちが斎に彼女の前まで進み出るように言った。斎は高座の前までやって来た。そして促されるまま両膝をつく。
マリーが高座から降りてくる。斎は、マリーのすぐ前に跪く形となった。
セバスティアンが剣を恭しく両手で掲げてやってくる。それを斎の両側で控えていた従者に渡す。そしてその剣を斎に佩かせた。
「その小さなナイフでは騎士らしくないわ。その剣は祝いの品よ。受け取って頂戴」
斎は恭しく頭を下げた。
「汝、イツキ・トーゴ―は神のため、人のため、それらを悪から守り戦う騎士となることを誓うか」
マリーが提携に従って呼びかける。斎は、従者の耳打ちに従って答えるのだった。
「はい、私、イツキ・トーゴ―は、そのように誓います」
するとマリーは斎の顔を素手で打った。斎は一瞬唖然としたが、マリーは顔色一つ変えず続けるのである。
「この痛みが今日という誓いの日を記憶させるわ。決して忘れないようにしなさい」
コレーという、騎士叙任式のクライマックスを飾る一撃であった。
斎は再び恭しく頭を下げた。
「さて、騎士に叙任してから言うのもなんだけれども」マリーは言った「あなたの才能は惜しいと思うの。どうかしら、騎士になったついでに、我が家に仕官する気はないかしら」
この言葉にマルティナたちに動揺が走った。しかし斎は、驚いて見せたあと、こう答えるのであった。
「大変ありがたいお申し出ではありますが、仕官はご辞退させていただきます」
「あら、それはどうしてかしら」
「まだ我々は旅の途中です。5人で旅をしてきたのです。自分だけ抜けるわけにはいきません」
斎はそれを言い終えると身構えた。せっかくの申し出を断られ、マリーが怒るかもしれないと思ったからだ。
しかしマリーはふっと笑った。
「あら、それを聞いて少し安心したわ。自分だけ安定を求めて仲間を捨てるような人は、信用できないから。やはり私の目に狂いはないわね」
そしてマルティナたちの方に視線を向けた。
「あなたたち、よい仲間を持ったわね」
マルティナたちは頭を下げた。
「あなたたち、今日も泊っていくといいわ。丁度、お客が訪れていて、今夜パーティーがあるのよ。あなたたちも参加するといいわ」
マリーはそう言うと退室した。マリーの横に座っていたゴスロリ少女もそれに倣った。
斎やマルティナは、それを頭を下げて見送るのであった。




