第32話 ゴブリン退治③ 火薬
「それは無理じゃな」
ドワーフの集落にたどり着き、坑道の詳細な地図を求めたマルティナに対し、ドワーフの老人はこう答えた。
「何ゆえですか?」
「決まっておろう。坑道が広すぎて、全部を覚えているものがいないのじゃ」
「断片的な地図でもありませんか?」
「そうじゃのう……」
ドワーフの長老は髭を撫でながら言った。
「わしも少しは覚えておるが、しかし……」
「それでは」ばん、と地を打つように両手をついて顔をドワーフに寄せた。「覚えている限りでも!」
「これこれ、そう焦るでない。いま紙を用意するからのう」
そう言ってドワーフはごそごそと部屋の奥を探す。
「にしてもおまえさんが初めてじゃな。これまで穴に向かった冒険者どもは、わしらの話を聞きにはこなんだ」
「ではめくらにあの穴に突入したと?」
「わからん。誰も帰って来なんだんでな……おお、あった、これじゃ」
ドワーフは取り出した紙を床に置いた。そこに筆で図を書き始める。
「ここが表の入り口じゃな。他に丘の上にいくつか立坑があるかのう……ひとつはこの大きな杉の木のそばじゃ。それから……」
そのようにしてマルティナがドワーフから坑道の構造を聞き取っている最中、斎とセリーヌは家畜小屋にやって来ていた。
「こんなところでどうするのさ」セリーヌが言う「硝石がまさかここにあるなんて言わないよね?」
「そのまさかだよ」
斎はそう言うと家畜小屋の土を掘り返し始めた。それを桶に入れたのである。そしてそれに水を注ぐ。泥水となる。
「うわぁ、すごい臭いだ……」
家畜の糞尿がふんだんにしみ込んだ土である。
斎は麻布をマスク代わりに口の周りに巻いている。セリーヌは袖で鼻を覆った。
その桶を持って外に出る。外ではシャルロットとライラが火を焚いている。
「言われていた通り藁を燃やして水に入れたけれど……」
斎は二人に頼んで灰汁を準備させていたのである。
「ありがとう」
斎はそう言って灰汁を土を入れた桶を受け取った。
斎は、別の桶を用意すると、桶の上にざると麻布を置き、先の泥水を注いだ。桶に茶色い水が溜まる。それに灰汁を注いだ。
「すごい臭いなのです!」
ライラも鼻を覆った。シャルロットも顔が凍り付いている。
その液体に鉄鍋に移すと火にかけた。しだいにその泥水は沸騰し、色が濃くなる。もちろん臭いもきつい。
「ひどい料理ね」シャルロットは言った。
「でも必要だ」斎はそう返して、作業を続ける。
斎は煮詰まった液体を再びろ過する。そしてろ過液を再び鍋に入れて火にかける。
「これが4時間くらいかなあ」
「四時間!?」セリーヌは言った「そんなにかかるのかい?」
「そうだ」斎はそう返すのだった。
結局夕方まで泥水を煮込んで、量は10分の1ほどになっていた。斎はそれを一晩外で放置した。白い結晶が析出した。
これが古土法による火薬の生成であった。
なぜ斎がこんな方法を知っているのかと疑問に思う方もいるかもしれない。しかし火薬はノーフォーク農法や複式簿記と並んで異世界転生のさいに持ち込まれるオーバーテクノロジーの定番であり、異世界転生小説を読んだことがあれば作り方を知っていてもおかしくないのである。
げんに、斎はそう言った小説を読んでいたのである。
斎は、その白い結晶を石臼で挽いた。そして別に挽いてあった硫黄や木炭と混ぜ合わせる。
「さあ、これが火薬だ」
セリーヌはその黒い粉を目を輝かせて見つめた。
「へえ、これが火薬……」
「たぶん、火薬、ね」斎はその粉を麻布に包んだ。「ちゃんとできているかどうか確認してみよう」
そう言って地面に火薬の包みを置く。斎は、杖を振って麻袋に火をつけた。
火がめらめらと布に燃え移る。
次の瞬間であった。
パン、と袋が爆ぜた。同時に激しい炎と白い煙が上がる。
「成功だ!」
斎は手を叩いて声を上げた。
セリーヌは、目を見開いて固まった。ぷるぷると震えている。
マルティナたちも感嘆の声を上げている。
火薬が、レモリアにもたらされた瞬間であった。




