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異世界太平記  作者: 淡嶺雲
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第2話 エルフに拾われて

 ――目が覚めた時、見えたのは、見知らぬ天井だった。

 

 なんて、使い古された表現であるが、東郷斎の脳裏にはそうとしか浮かんでこなかった。実際見えたのは、本当に天井だったからだ。木でできた屋根の骨組みの上には茅葺の屋根があるらしい。

 身体を動かせばごそごそと音がする。何かゴワゴワと固いものの上に寝ているようだ。起き上がり周りを見回すと、小さな小屋の中のようだった。中は薄暗く、開け放たれた玄関から明かりが入り込んでいる。


 その玄関から足音がして、人が入ってきた。


「まあ、目が覚めたんですね、よかった」


 それ若い女性のように見えた。金色の長い髪、白いワンピースのような服に、透き通るような白い肌。そしてなによりも目を引いたのが、その長く尖がった耳であった。斎の知識で言えば、エルフそのものである。

 間違いない。ファンタジーな異世界に斎は来ているのだ。


「3日3晩高熱を出して寝込んでいたんですよ。森の中で倒れているのを見つけた時は、どうなることかと思いました」

「あの、あなたが助けてくださったんですか?」

「ええ、そうです」


 彼は自分の身体を見回した。なるほど、包帯だらけである。


「あの、ええと……ありがとうございます」

「いえ、こうやって森で困っている人を助けるのも森番の仕事ですから」

「森番?」

「ええ、わたしはこの森の森番、リリー・フォレストといいます」


 異世界で遭遇した第一村人、森のエルフ、リリー。

こうやって名前を聞いておいて、こちらが名乗らないのも失礼であろう。


「リリーさん……俺は東郷斎といいます。本当にありがとうございます」

「いえいえ。ところであなたはこの森で何をしていたんですか? 持ち物はあの魔法の杖だけでしたし」


 そういってリリーが指さした先の机の上には、長さ50㎝ほどの木の枝がある。なるほど、あれが女神様がくれた魔法を使うための道具と言うわけかと斎は合点した。


「盗賊にでも襲われたんですか。そうなるとすぐ私も林務官に届けないといけません。この森に盗賊が出るなんて許せませんからね。騎士団にすぐにでも追捕使(ついぶし)を差し向けてもらわなくては」

「ああ、いや、そんなことではなくてですね。盗賊になんて襲われてはいませんよ」

「じゃあどうして何も持たずにこの森で、ボロボロの格好でいたんですか?」


 どうしよう。本当のことを言っても信じてもらえるとは思えなかった。自分が異世界からの転生者だなんて、言ったところで信じられる人がいるだろうか。

 だから、斎はとりあえずごまかすことにした。


「ええと、頭なんかを打ったショックで記憶が……」

「記憶がない? なんでこの森に来たかもですか」

「そうですね」

「じゃあ、ここに来る前はどちらに?」

「ええと……」


 斎は狼狽えた。とりあえず設定を作り上げないといけない。


「に、西の街に……」


 リリーはそう言っている斎の目を見つめた。


「嘘、ついていますね」


 斎はぎくりとした。ますます目が泳ぐ。


「わたし、目を見れば相手が嘘ついているかどうかわかるんです。嘘はいけませんよ。許可なき森の利用は、犯罪にもなりますから」

「え、ええと……」


 やばいどうしよう。斎は取り乱しそうになった。これはもう本当のことを言ってしまうしかない。信じてもらえるかどうかなんて関係ない。他に方法はないのだ。


「すいません、嘘をついていました!」斎は言った「俺は実はこの世界の生まれではなくて、その、異世界で死んで、そこから転移してきて……」


 それを聞いてリリーは目をぱちくりさせた。質の悪い冗談だと思われたのだろうか。


「異世界、ねえ……」彼女は少し考え込んで、続けた。「ねえ、そのあなたが生まれた異世界の国、なんていう名前なんですか」


 あれ、もしかしてなんとかなりそうか。


「日本、ですけど……」


「ニッポン……ねえ」


 彼女はため息をついた。


「昔、同じようなことを言う人に会ったことがあります」

「それは本当ですか!?」

「本当です。そう、それは私が170歳の頃でした……」


 170歳の頃だって。じゃあ今何歳だよ。

 いや、長命で知られるエルフだから、斎もある程度は予想していたのであるが。


 彼女の話を要約すると以下のようになる。


 およそ80年前、この『レモリア帝国』に、西の海の彼方から大魔王の軍勢が攻めてきたらしい。弓を得意とする彼女たちエルフもこの戦いに参加した。

 

 そんな大魔王との戦いの先陣を切っていたのが、冒険者たちであったという。その一人に彼女は会って話がしたことがあるというのだ。


 その冒険者は、自分は異世界のニッポンという国から転生してきたのだと語ったというのである。


 もちろんそれだけではなく、異世界からの転生者を名乗る人物は、それ以前にもたくさんいたというのである。


「数々の哲学者や神学者が異世界の存在について議論を交わしました。しかし結論は出ていません。ただ一つ確かなことがあります」


 彼女はびしっと斎を指さした。


「異世界から転生したと名乗るものが現れるとき、それは、戦乱の時なのです」

「戦乱の時⁉」


 斎は思わず叫んだ。


「そう、転生者は戦乱を知らせる凶兆なんです。だから、あえて転生者を名乗るものなんているわけがありません。しかし、そのうえでもし名乗る人がいたとすれば……」


 転生者と判断せざるを得ない、ということである。


「じゃあ、俺の言うことを信じてくれるんですか」

「判断保留、ということにしておきましょうか」彼女は言った「それで、どうしますか」

「どうするというのは?」

「傷が癒えたら、です。もう少しここにいてもらってもいいですが、そのあとはどうするつもりなのかな、ということです」


 それはもっともな疑問である。斎は具体的には考えていなかった。

しかしまあ、異世界転生してすることといえば一つに決まっている。


「冒険者、をしましょうかね……」

「いい判断かもしれませんね。過去、転生者を名乗った人は全員、冒険者であったといいますし。ところで……」

「ところで?」

「冒険者、というからには武器や魔法は何か使えるんですか?」


 斎はその言葉に頭を抱えた。

魔法の杖はもらうにはもなった。しかし、使い方まではわからないのだ。


「ええと、イツキさん……?」

「魔法も、武器も、使えないんです……」

「あらら。ではあの魔法の杖は?」

「転生の時にもらったんですが、使い方は聞き忘れました……」


 ふうん、とリリーは言った。そして何かを思いついたように手をポンと打った。


「じゃあこういうのはどうでしょう。よろしければここにいる間に、私が弓の使い方と簡単な魔法をお教えします。授業料は、そうですね、働いてもらえればいいです。家事とか、森番の手伝いとか」

「えっ、いいんですか」

「私もそろそろ新しい弓の弟子が欲しいな、と思っていたんです」

「本当にありがとうございます!」


 斎は深々と頭を下げた。

 こうして、東郷斎の異世界生活がスタートしたのであった。

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