第26話 猫耳少女
「ちょっと、心臓止まるかと思ったじゃない!」
路地裏でシャルロットが息を切らして言う。斎も息を荒げている。
「ごめんごめん……でもまあなんとかなったし」
「なんとかなったし、じゃないわよ!」シャルロットは斎を咎めるように叫んだ「その短刀で剣を受け止めるなんて信じられない。折れたらあんた死んでたのよ」
「これ、リリーさんから貰ったものだし。ドワーフの刀鍛冶が打った丈夫な短刀だからちょっとやそっとでは折れないって言ってたし」
「だからってそれは……」
「まあまあ、二人とも、無事だったんだから、まずはそれを喜ぼうよ。この子も無事だったんだし」
割って入ったのはセリーヌであった。そして彼女の陰で放心している少女を指さした。
「大丈夫?」セリーヌは少女に言った。
猫耳少女ははっとしたように目をぱちっとあけた。開いていた瞳孔が縦長に縮瞳する。
「は、はい、小生は大丈夫なのです。本当にありがとうなのです」
そう言って少女は頭を下げた。
こうなっては斎もシャルロットも言い争いを止めざるを得ない。
「い、いえ、騎士の務めを果たしたまでよ」シャルロットは言った「ねえ、あなた、名前は?」
「小生はライラというものです。理髪師をしているのです」
「理髪外科医だね」セリーヌは言った。「ノコギリを持っているということは」
理髪外科医とは外科医を兼ねた理髪師である。刃物の扱いに習熟し手先が器用ということで両者を兼ねている。
ライラは頷いた。
「そうなのです。ノコギリは御師様にもらったのです」
「御師様?」シャルロットが聞き返す。
「御師様です。小生を買ってくれて、そのうえお仕事まで教えてくれたのです」
「買ってくれて……?」シャルロットはそれを聞いてはっとした。「もしかして……」
「しーっ」
セリーヌがそれ以上言わないようにと制止した。
「ええと、それはどういう……」
斎が理由が分からず、尋ねようとする。シャルロットはそんな彼を引っ張って少し離れたところに連れて行った。
そして耳元でつぶやくように言った。
「あれは奴隷よ、おそらく」
シャルロットはさらに付け加えて説明した。あのような動物の耳や尻尾を持っているのは南方大陸の原住民の特徴である。そしてその南方大陸にあり、レモリアの属領であるマウハリム王国は奴隷をレモリア本国へと輸出しているのである。
だから、レモリア本国で獣耳を持った「獣人」を見れば、まず奴隷かその子孫だと疑うのである。
「なら、もし彼女が逃げた奴隷だとすると……」
「逃亡を幇助したことになるかも。でも、彼女がこの町にいる限りは罪に問われないわ。ここは教会の領地、つまりアジールだし」
「まあでも、そうと決まったわけじゃないし……」
「そうね」
そう言って二人はそっと振り向いた。セリーヌがライラと話し続けている。
「ええと、その御師様はどうしたのかな?」
そうセリーヌが尋ねると、ライラの顔が曇った。
「御師様は、半年前に亡くなったのです。子供もいなかった御師様は、小生にこの道具をくださったのです」
ああ、悪いこと聞いたな、とセリーヌはばつの悪い顔をした。しかし同時に胸をなでおろしていた。この国では主が相続人なく死んだ場合、奴隷は解放されると決まっているのである。少なくとも彼女は現在は逃亡奴隷ではないのだ。
斎とシャルロットもそれを聞いていた。同様にほっとしていた。
セリーヌは尋ねた。
「そのあと半年間ひとりで過ごしていたのかい?」
ライラはこくんと頷いた。
「お仕事先を探して旅をしていたのです。しかしどこも雇ってくれなかったのです」
それはその通りであった。このような少女を理髪師や外科医として雇いたがる人なんてまずいるわけがない。
セリーヌがそんなライラの言葉にどう答えようか思案していた時であった。
「じゃあさ、私たちと来るというのはどう?」
セリーヌは顔を上げた。斎とシャルロットも振り返る。
声の主はマルティナであった。
「マルティナ様! 大丈夫でしたか!?」シャルロットが叫んだ。
「大丈夫だよ。公爵令嬢には話をつけておいた」
「それはよかった……」シャルロットが再び胸をなでおろす。
今度驚いているのがセリーヌである。
「ティッシェンドルフ公家の人と話をつけられるなんて、君はいったい……」そう言ったところではっとした「いや、それは今はいい。でも、どういうことだい、この子を連れて行くって」
「言ったままの意味。この子をパーティーメンバーに加えようと思うんだ。あなただけじゃ不安でしょ。怪我した時のために、内科医だけじゃなく外科医も欲しい」
「えっ、お姉さん、医者なんですか?」ライラが驚いたように言った。
「いや、医者じゃなくて、医学部中退なんだけど……」
「それでも医学部に行っていたなんてすごいのです!」
ライラは目を輝かせ、立てた尻尾を左右に振った。
「じゃあそういうことだからよろしくね」マルティナが言った「じゃあ、まずはお風呂に行こうか」
「お風呂でありますか?」ライラが振り向いて言った。
「そう。ずっと入ってないでしょ。それに服も一度洗わなきゃ」
ライラは自分の服をくんくんと嗅いだ。ずっと着ているのであまり気にしないが、患者の血を浴びたこともあるその服は、確かに匂う。髪の毛も、虱に悩まされている。
「じゃあ行こう、お金は私が出すから」
そう言って、残りの3人にも視線を投げかける。
「マルティナ様、昨日入ったばかりですけど」シャルロットが言う。
「いや、毎日入るべきなんだよ。少なくとも母国ではそうしていた」斎がかぶせるように言った。
「まあ、ボクはまだ入っていないからいいけど」セリーヌが言った。
「じゃあ決まりね!」
マルティナが来た道を歩き出す。斎とシャルトットがそのあと追う。セリーヌがライラの手を引く。
そして5人は路地裏を抜けて、公衆浴場へとやってきた。
「はい、じゃあ皆さんまたあとで」
斎が男湯の方に向かおうとする。すると何故か、セリーヌがついて来るのである。
「ねえ、ちょっと、セリーヌ」シャルロットが当惑したように言った「そっちは男湯よ」
「そうだよ、女湯はあっち」斎も女湯の入り口を指さして言う。
「うん、知っているよ」セリーヌはあっけらかんとした顔で言った「ボクは男湯でいいんだよ」
それを聞いた4人は固まった。そしてその意味するところを理解した時、一同は思わず、
『え~っ!』
と声をそろえて叫ぶのであった。




