第25話 二人の少女
斎たちは人混みをかき分けながら教会の外に出て、噴水の広場まで戻ってきていた。
「さあ、次はサラマンダー神殿の遥拝所だ」マルティナは言った。
「遥拝所になるんですね」斎は尋ねる「本殿はいけないんですか」
「あいにく山の頂上だからね、それに神殿の近くには瘴気が来るものを拒んでいるというから、近づかない方が無難だよ」
サラマンダー神殿はモン・ロゼの火口近くにあるが、しかし火口周囲のくぼ地には火山性ガスが溜まっている。それが瘴気のごとく人々を拒み、命を奪うのである。
「まあ、登れても、登る気はしないわ」シャルロットは言った。なにしろ夏であり、何もしなくても暑いのである。わざわざ登山などしたくはないという気持ちであったのだ。
そう言って次の目的地について話しながら広場を後にて、湖畔を歩いて行こうとしたところ、向こうに人だかりが見えた。
「なんだろう?」
そう思いながら、しかし向かう方向が同じなので近づいていく。
それは軍隊の行進だった。道をこちらに向かってくる。
先導を着飾った兵士が務めており、その後ろに騎馬した騎士が続く。騎士は大きな幟を掲げている。
「ティッシェンドルフ家の紋章だ!」レジーナは思わず叫んだ。
「ティッシェンドルフ家?」斎が尋ねる。
「そうだよ。公爵家さ」
「大貴族じゃないか! いったい何の用で……」
「湯治か参詣かじゃない。それにしても大行列ね」
シャルロットの指摘の通りだった。幟を持った騎士の後ろには槍兵が数十人、それに交じって何名か騎馬がいる。その後ろに着飾った騎兵、おそらくは騎士である。その後ろに豪華な4頭立ての馬車が続いていた。
「本当に大名行列だな……」斎は呟いた。
「ダイミョウ?」シャルロットが尋ねる。
「あ、いや、俺の国の領主様だよ。昔のね」
「ふーん」
そう言いながら眺めているうちに、行列は目の前へとやってきた。
目の前を槍兵が進んでいく。陽光を受けた槍先がきらりと光る。次に色とりどりに着飾った騎兵がやってきた。近くで見れば眩いほど豪華である。
その時である。道の両脇の群衆の中から、一人、押し出された。おそらく行列を見ようと詰め掛けていた後ろの人々に押されて飛び出したのだろう。そのままよろけて前に倒れた。
ただ倒れただけでは周囲を守る衛兵に注意されるだけで済んだであろう。しかしその人物の不幸であったのは、転んだ拍子にカバンの中身がぶちまけられてしまったのである。
なんと、そのカバンの中からはノコギリが行列の方へと飛んで行ったのである!
馬がいななき、行列が止まった。
転んだ人物はむくりと起き上がった。斎たちはその時初めて異変に気付いてそちらを見た。斎はその人物をみて目を見開いた。
背丈や姿は10代前半――上に見積もっても13歳程度の少女であった。髪は赤毛の癖毛。黒い服を着ている。そして驚くことに、頭に猫耳、そして尻には尻尾を生やしていたのである。
起き上がってノコギリを拾い上げた少女の前に、抜刀した護衛の兵士が剣を突きつけた。
「これはいったいどういう了見か、ティッシェンドルフ公家の行列と知っての狼藉か!」
少女はガタガタと震えながら言った。
「狼藉などとんでもないのです!」
「ではあのノコギリはなんだ、行列に刃物を投げつける不届き者が」
「あれは仕事の道具なのです、小生は理髪師なのです」
「ええい、そんな幼い理髪師がいるか。やはり怪しい。手打ちにしてくれる」
そう言って兵士は剣を振り下ろす。少女は悲鳴を上げて目を閉じた。
――何も起こらない。
自分は切られたのか、死んだのか。少女は恐る恐る目を開けた。
目の前に背中が見えた。大人の背中である。
斎であった。斎が、なんと短刀とその鞘を両手に持ち、相手の剣を受け止めていたのである。
あっけに取られている少女に今度はセリーヌが駆け寄った。
「君は下がって!」
そう言って少女を抱きかかえるようにして道の端へと寄った。
たまらずシャルロットも飛び出して斎に駆け寄る。
「何奴!」
兵士は叫んで飛びのいた。行列の中からも他の兵士が飛び出してきた。
「囲め囲め!」兵士らの怒声が飛び交う。
「何やっているのよあんた!」シャルロットが抜刀して叫ぶように言った。
「いやだって、あの子、斬られそうだったし……」斎は息を切らせながら言う。
「そんなことしてもこっちが斬られる!」
「何を話しているのか知らんが、賊だ! 討ち取れ!」
兵士らがそう叫んで、剣や槍を手に二人にとびかかろうとした。
その時、馬車の方から大声が響いたのである。
「やめよ!」
兵士らは動きをやめた。そして馬車の方を振り返る。
「汝ら、これは何の騒ぎじゃ」
声は続けた。それは幼さが残るものの低く響く声であった。
馬車の扉が開く。降りてきたのは、黒髪ストレートロングヘアの少女であった。歳は10歳ほどに見えた。ロングドレスを着ている。
「はい、レジーナ様」兵士が片膝をつきながら言った「あの者らが行列に凶器を投げつけ、お命を狙ったのです」
「そんなことはしていない!」斎は叫んだ。「彼女は転んだだけだ」
「黙れ下郎が、直答できる身分か考えろ!」兵士が怒鳴った。
「で、本当のところはどうなのじゃ」
「それはもう、レジーナ様の安全のためにはあの者らを切り捨てるべきかと」
「でたらめだ!」
「まあまあ、双方落ちついて」
その時群衆の中から声がした。すっと群衆が左右に分かれ、一人の騎士が出てきた。
マルティナであった。
「彼らは私のパーティーのメンバーです。どうでしょう、私に免じて許してやってはもらえませんでしょうか」
マルティナはそう言ってレジーナと呼ばれた少女に歩み寄る。
「何を――」
兵士がそう言って剣を握る手に力を籠める。しかし、レジーナはそれを制止した。
マルティナは、レジーナの前まで来ると、片膝をつく。
「どうか、この通りお願いいたします。レジーナ・クリスティーナ・フォン・ティッシェンドルフ様」
レジーナの眉がピクリと動いた。彼女は言った。
「面を上げよ」
マルティナが顔を上げる。レジーナはその顔をまじまじと見つめた。そして、ふっと笑った。そして兵士らに叫んだ。
「もうよい、兵を引け。この者らは放免じゃ」
「え、しかし……」兵らに動揺が走った。
「妾の声が聞こえんかったのか。放免じゃ、兵を引け」
斎やシャルロットを取り囲んでいた兵士はそれを聞いてしぶしぶ剣を鞘に納めた。
斎たちはさっと人混みへと身を引く。
「ありがとうございます。よき判断です」
「その目、父上に似ておいでじゃ」レジーナは言った「それで分かった。力強い目じゃ」
「恐れ入ります」マルティナは頭を下げた。
「そちは巡礼かえ?」
「いかにも。レジーナ様もそうでいらっしゃるのでは」
「妾はただの息抜きじゃ。宮廷にずっとおって老人の相手をしておるんでな。ほれ、そのせいで、この通り言葉遣いまで婆くさくなってしもうた」
レジーナは、そう言って笑った。マルティナも笑みを浮かべた。
「この借りは、いつか必ず」
「返さんでもええ。妾は貸し借りが好きではない」
そう言うとレジーナはくるりと後ろを向いて馬車に乗り込む。そして乗り込み際に一瞬だけマルティナの方を向いて言うのであった。
「神の導きを祈っておるぞ」
馬車の扉が閉まる。それと同時に、行列は行進を再開した。
マルティナは手を振りながら、行列を見送るのであった。




