第23話 思惑
「たのしかったよ、じゃあまた明日教会で」
セリーヌは居酒屋の外に出て手を振りながら去っていく。斎たちは彼女を見送った。
「また明日よろしくね」
マルティナも手を振る。そしてセリーヌの姿が見えなくなったところで手を下ろした。
「ちょっとマルティナ様」シャルロットが言った「本当によかったんですか、あんな人を仲間にして。信用できませんよ」
「でも彼女、大学の医学部に通っていたそうじゃないか。文章が書けて、薬草学や錬金術にも精通している。仲間に欲しいよ」
「その錬金術好きが昂じて大学を飛び出してしまったようで、とんだお人です」
「おや、やけに皮肉っぽいじゃないか」マルティナがにんまりと笑って言った「意気投合していたんじゃなかったのかな」
「まさか、ご存じでしょうに」
「やっぱりね。どおりで最後まではぐらかし続けて火薬の作り方は言わなかったわけだ」
「その通りです」
「ねえ、実際問題、その火薬ってどうなの」シャルロットが言った「そんなに効果あるの」
「量産して大量運用できればそれなりには効果があると思うけど、でもいかんせん、いろいろと難しい。まあ、火の魔法と組み合わせれば、少ない量でも効果を上げるかも。火薬自体、本当に作れるかどうか問題ですが」
「おや、ハッタリかな?」
「言葉の綾と言ってください」
「ねえ、どっちにしろもう疲れたわ」シャルロットは言った「明日は湖畔の神殿に参拝した後、サラマンダー神殿の遥拝所に行く、そうでしょ」
「あと硫黄を貰いに行く」斎は付け加えた「明日午前中に行かなくちゃいけないから」
「好きにして頂戴。ともかく明日も用事がいっぱいということ。はやく帰って寝ましょう」
「それがいい」
そう言いながら3名は、宿へととぼとぼと帰っていくのであった。
***
セリーヌは興奮していた。胸の高まりを抑えられずにいた。
伯爵家の第3子として生まれた。家を継ぐ立場にないことはわかっていた。自立するためには、なにか手に職をつける、具体的には聖職者もしくは学者、高級官僚や弁護士と言った知的階級を目指すべきだということも理解していた。それでサヴィニー大学の医学部に進学したのである。
医学は退屈だった。権威主義体制の中で、二百年近く前に書かれた教科書を暗記し、解釈を覚えるという訓詁学を叩き込まれた。医師は直接患者に触ろうともしなかった。患者が助からなかった場合、実際に処置をした理髪外科医や、星の巡りのせいにしていた。そんなのは飽き飽きであった。
そんな時であったのが錬金術であった。薬草だけではなく、フラスコの中でも様々な薬が作られるというのである。それは次々と様々な成果を生み出しつつあり、燃える水を生成したり、鉄をも溶かす水を作り出したりしているというではないか。
これこそ自分の魂を震わせるものだと思い、大学を飛び出した。師と恃むべき人を探し方々歩いたが、結果は散々だった。だれもかれもインチキであったのだ。
だんだんと心は荒んでくる。大学に戻ろうにも籍が消えているのでは意味がないと思ったし、実家に仕送りを頼むのもばつが悪い。結局冒険者として放浪を続けた。
そしてそんな中、流れ着いたのが水の都サン・ピオールだった。なにか稼ぎはないだろうかと耳をそばだてているところに、なんと火薬の話が聞こえてきたのである!
これはチャンスだと思い会話に加われば、なんと火薬を知っているどころか、その製法まで知っているというではないか。火薬は東方錬金術最大の秘術である。これ一つで国の運命が左右できるのではと思うほどの、重要兵器なのだという。
であるから、そんなものを一介の冒険者が知っているなど信じられなかったのだ。
もちろん見た目は東方風――どちらかというと絹と茶の国ルーファンの人間に見える。だから火薬を知っていてもおかしくはない。だが問題はなぜそんな人が、王族や貴族に仕官して軍事顧問にならず、貴族の子女と一緒に冒険者をしているのかということである!
これは裏に間違いなく何かある。面白い何かがあるに違いない。
放浪学生というのはドロップアウトしたいわばアウトローである。そしてもちろんアウトローな冒険に惹かれる、そして彼らが企んでいるのは、おそらくアウトローな何かなのだ。
そう思うと興奮が止まらないのである。
思えばあのイツキという男もしたたかであった。決して火薬の製法をあの場では言おうとしなかった。しかしそれは自分をつなぎとめる罠のように思えた。
面白い、ではその罠にかかってやろうではないか。
セリーヌはそう思うと、自然と笑みがこぼれてくるのだった。




